15 本当の情報

 カン,カン,カン,と,今日も階段を降る音が近づいてくる。雨が続いていた日からかなり経ち, 少しずつ空気が冷たくなっていた。古く重い音をたてながら扉が開く。


 「寒くなってきたね。2人は寒くないのかい?」


 前よりも少し暖かそうな服を着込んだスペクトは,俺たちを見てそう言った。

 確かに俺の服はボロボロになった薄い軍服で,アンの服は従軍看護師が身につける白く薄い長袖のワンピースだ。


 「別に。向こうでもずっとこれだったし,俺らに暑いから寒いからで変わるようなものがない。」


 答えているすきに,新聞はアンの手元に渡っていた。ちらりと覗いてみると今日も似たようなことが書いてある。


 「ここに書いてあることが本当のことだと思うかい?」


 目線で示された先のそれは,いつだって良い知らせが載っている。


 「軍学校時代の友達と手紙をやり取りしてたんだけど,最近届かなくなってきたんだ。死んだっていう知らせは届いてないし,僕も軍人だったから意外と情報が回ってくるんだけどそれも来ない。」


 目を伏せて続ける。


 「空襲も増えてきているし,どうなってるのかもわからない。」


 「だからさ,逃げようと思うんだ。」


 突然の言葉に驚いた俺はジッとスペクトを見つめる。アンも新聞から目を上げて見ていた。


 「いや,今すぐにって訳じゃないよ。ただ冬になる前に国境を越えないとどうなるかわからないから。」


 スペクトはなけなしの小さな窓を見上げる。


  「もう冬がくるの?」


 ぽつりとアンが呟いた。


  「うん。もうあと数週間もすれば冬がくるよ。」

 

 どこか焦点の合わない瞳は,黒く暗く見えた。

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