幕間 科学者と看守
「なぁ,そこの君。」
白衣を着た男性が僕を呼び止めた。
軍本部に呼ばれた僕は,どうしようもない無情を抱え出てきたところだった。
「僕ですか?」
その人は,笑顔だったがどこか不安そうだった。
「ああ,君だ。今日,君はある地下室の看守を命じられなかったかい?」
驚いた。
今日言われた話は,まるっきりそれだったのだ。
「何故知っているのか驚いた顔をしている。聞いたんだよ,知り合いにね。」
突然真面目な顔になった。
「そこで君に頼みがあるんだ。聞いてはくれないかい?」
そこで断れるような強固な意思を持たない僕はうなずくしかなく近くのカフェに入った。カフェといえどもコーヒーなんか高くて頼めないのでミルクにしようとしたのだが,いつのまにか白衣を脱いでいた彼はコーヒーを2つ注文した。驚いて目を見開いていると,「僕の奢りだよ」なんて言って僕に何も言わせなかった。
石畳とレンガの街並みを眺めていると,カタンカタンとソーサーにのったコーヒーカップが運ばれてきていた。彼は運んできた店員に会釈すると,僕の方に向き直した。
「突然なんだが,僕の職業はなんだと思う?」
本当に突然だ。
「白衣を着ていらっしゃったのでお医者様か何かですか?」
「うーん。ハズレ。僕の職業は科学者だ。」
全然違った。
確かに科学者も白衣を着ているイメージはある。
「そんな科学者さんが看守を命じられた僕に何のようですか?」
少しつっけんどんな言い方になってしまったが,これはなかなか本題に入らない彼が悪いのだ。
「ごめんよ。君はこれから看守として見張らなければならない部屋に誰がいるか知っているかい?あっ,敬語はいいよ。普通に話してくれ。」
そういえば,何も聞かされなかった。
前線から引き離されたショックで何も考えられなかったのだ。
お言葉に甘えていつもの喋り方で話しはじめた。
「何も聞いていない。あなたは知っているのか?」
その答えに,彼は驚いたのか目を見開いた。しかしすぐに何かを理解したらしい。
「君がこれから見張るのは僕の,いや僕たちの『発明品』だ。何かわかるかい?」
問いの多い人だ。
しかし,答えはすぐに思いついた。
「人形?」
疑問形だったが,彼はこの答えに満足したらしい。
「そう,人形だ。僕ともう1人の科学者が造った人形。だが,あの地下室に閉じ込められているのは『失敗作』と呼ばれている。だけども,僕にとって彼らは『失敗作』ではないんだ。」
この人が科学者で人形を開発したと言うことと,僕が見張るのは『失敗作』と呼ばれている人形なのだと言うことはわかった。
だが肝心の頼みと言うのが分からない。
「だから君に頼みたいんだ。」
彼は真剣な目をしている。
「どうか,彼らを守ってくれ。人に限りなく近い姿を与えられながら,死ぬことを許されない彼らを守ってくれ。」
「守ってくれと言われてもどうすればいいんだ?僕にはわからない。」
その問いに彼は,
「ただ彼らに情報を与えるだけでいい。存在を認めてやるだけでいい。彼らは『自我』がある。それを認めてやってくれ。」
その言葉とともに封筒が渡された。
中身を覗くとメモ用紙とビザ,札束そしてパスポートが入っていた。
「メモには彼らの名前,コードが書いてある。残りの3つはここが危なくなった時に使ってくれ。報酬だ。それだけあれば安全な国へ行けるはずだ。」
そう言うと彼は席を立った。
「僕はもうこの国をでなければいけない。じゃないと,殺されてしまう。どうか,彼らをよろしく頼む。」
彼は店から出て行った。
残された飲みかけのコーヒーは,冷め切って香りだけを残していた。
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