くそすばらしき僕の世界 ―殺意百景―

ぎざ

case.1 次はオマエだ

case.1-1 殺意の素人

 殺意を感じることなんてありふれている。空気が多いと感じることは無くても人間の数が多いと感じることはあるだろう。人間の数イコール殺意を感じる数と言い換えたって間違いじゃねえ。人と人との軋轢、衝突、擦過、そのひとつひとつが間違いなく殺意と言い換えることができると思うね。たとえばここに生まれたばかりの赤ちゃんがいたとして、彼が最初に感じる感情こそ殺意だと。生きている、その感覚しかないならその対極は殺意でしかないのさ。死にたい、ではない。殺意。自分にとって邪魔なものを排除したいという気持ち。いらないものを捨てたいという気持ち。自分の価値を認めてもらいたいという気持ち。そのどれもが殺意によって突き動かされていると言っても過言じゃない。殺意というのは起爆剤であり、原動力だ。終わりはない。だってそれが万物の始まりなんだから。何をさっきから言ってるかって顔をしているが、ここまで俺の話を聞いてしまったのなら、それは少なくとも俺の話が共感とまではいかないまでも、一考に値すると一考してもいいのではないか、と思うくらいの軽い気持ちがあるってことでいいか? まぁ、君が何を考えていてもいなくても俺にはまったく影響がない。俺に影響を与えるとしたらそれはやはり殺意でしかない。殺意。別に抱いちゃいけないってわけでもないぜ。抱くのはむしろ普通だ。殺意は殺意、未遂さ。殺害ではない。殺すのはいけないことだ。法律違反だからな。でも殺したいと思うことは根源であり末法なのさ。俺が何を考えていたって関係がない。この話を聞いて、途中で帰っても寝る時には思い返すかもしれない。思い返してしまうかもしれない。今日考えなくても、いつの日か考えてしまうかもしれない。その時こそ俺の起爆剤が着火した時だと思うね。これから先、一度も殺意について思いをはせないなんて人間は一人もいない。人間が人間として生きていく中で、必ず自分以外の人間と、自分の価値観とそぐわない人間と、自分の考え方を良しとしない人間と、自分の生き方を全否定することに執念を燃やす人間と、自分を目の敵にしてそれを楽しむ人間と出会わない人間なんていない。そんな誰かと出会った時に感じる共通の感情が殺意だ。そして、その殺意に抗わなければならない。殺したらさっきも言ったように犯罪だからな。その殺意に抗う正しい反抗として成長や努力や鍛錬、間違った反抗、とまでは言わないが後ろ向きな反抗としての逃避、保留、我慢、がある。俺は今日この日まで殺意について考え考え考え抜いた。ただの殺意で終わらせてはならない。だって深く、根深いこの衝動は、正しく使わなければもったいない、大きい力だから。誰もが感じ、そして究極的には逃れられない壁は乗り越えるしかない。その億劫な邪魔な壁を壊すでも乗り越えるでもいい、そのやる気の絶対値をくれるのはやはり殺意だと思うから。いいか? この動画を見ている、その胸に殺意を宿らせ、くゆらせている君たち、その殺意は間違っちゃいない。死に物狂いで生きている証拠さ。ただ、その殺意を向ける相手を間違えないでほしい。殺意から逃避するのは成長からも逃避することだ。殺意を保留することは努力を保留することだ。殺意を我慢するのは鍛錬を我慢すること……ではないが、我慢はあまりよくない。どうせ我慢……自分に負荷をかけるのなら、鍛錬をすることで負荷をかければいい。その殺意を自分の成長へのスタートに使ってほしい。これが、殺意を考え抜いた殺意のエキスパートであるこの俺、へばっ……!!!




    ◆




 むしゃくしゃしていた。

 あいついっつも俺を目の敵にしやがって。


 自分に甘くて人に厳しい。自分でできないことをいつもいつもいつもいつも俺たちに押し付けやがって。

 それで自分はいいことをしている、人生の厳しさを教えてやっている、年上の言うことを聞け、だの。うるせーこと言いやがる。


 俺があいつの言葉、聞こえてないと思って好き勝手言いやがる。ちゃんと聞こえてるっての。勉強もしてる。バカにすんな。

 もうあいつの言うことは聞き飽きた。返事するのも面倒だ。こっちの話なんてハナから聞いちゃいないんだ。


 休憩時間中暇だから動画を漁っていたら、たまたまどこかの誰かが生放送をしていた。

 殺意がなんちゃらって言ってた。


 そいつが動画を撮っていたのが、たまたまバイト先の裏の公園だということが後ろのブランコ映ってて分かったから、動画の途中でちょっと見に行った。


 殺意を持つことは当たり前だって? 

 いろいろと小難しいことを言っていて、よくわからなかったが、殺意を持つことを肯定していたように思った。


 そんなこいつに俺は殺意を抱いた。


 そうか、この湧き上がる衝動を肯定してくれるんだな。

 俺は抱え込んでいた殺意なのか何なのかわからないこの強い気持ちが、止められないのを感じた。


 次の瞬間、動画を撮ってたあいつを横から突き飛ばしてやった。


 そいつはカメラごと、階段の下へまっさかさま。


 これだ。


 こうやって、あのむかつくあいつも吹っ飛ばしてやれば、なにもかもが万事解決じゃねーか。

 いいことを教えてもらったぜ。


 落ちていったあいつの名前は思い出せねーが、殺意ってやつは、こうやって使ってやらないともったいないってことだな。

 それが今だ。


 壁をぶっ壊した、その手に残る確かな感触を俺はバイト場に持ち帰った。


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