3
どれだけの時間がたったのか。外の世界はもう朝なんだろうか。俺は無断欠勤ということになるんだろうか。もしここから出られたとして、理由を問い詰められたとき、一体なんと答えればいいのか。
俺は、最後に話した人のことを考えた。
退社の挨拶を除くと、おそらく指導をしていた新入社員が最後だ。
彼が俺の話をききながらスマートフォンをいじっていたので、それを注意していたんだ。そしたら彼が「彼女が……寂しいって……」とぼそぼそ言うので、彼女なしの俺はつい「アホか!」と怒ってしまった。彼は涙目になって、そのまま帰った。フォローすることもなく、俺は残りの仕事に手を付けた。
仕事のことを考えたら、だんだん、冷静になってきた。
……いや、認めたくなかっただけで、俺はすでに悟っていた。
これは現実だ。
あいかわらず、歩けど歩けど出口は見当たらない。食料だけが無限に続いていて、罠も行き止まりもない。目印すら残さずに、直感だけを頼りに何度も進路を変えてここまで来た。そのせいで、自分がどこにいるのかさっぱりわからなくなってしまった。どう頑張っても目覚めたときのあの空間には戻れないだろう。
俺は歩くのをやめた。
現実を認めたとたん、ひしひしと絶望感がせりあがってきた。
おそらく誰も、ここにはいないだろう。だけど俺は、本能的に叫んでいた。
「おーい!」
……返事はない。
「誰か!」
声によって、近くの豆腐が振動した。
「助けて!」
たちまち、豆腐が共鳴する。
「誰か……」
虚しくなって、俺はその場に膝をついた。
下半身がずぶずぶと白いものに沈んで、止まる。
「どうすりゃいいんだよぉ……」
夢だろうが、現実だろうが、出られなければどうしようもない。生きていたって、死んでいたって、こんなところにいてはどうしようもないんだ。だけど、こんなところで死にたくはない。豆腐に骨を埋めたくない……。
「うぅ……」
最悪の結末が頭をよぎって、俺は、数年ぶりに泣いた。
寂しい。ここにいると、世界から隔絶されたような感覚に陥る。
誰もいない。無限に広がる豆腐。
絹豆腐。
「ひっぐ……ぇぐうぐ……」
誰か、誰でもいい。俺を見つけてくれ。
俺を、救い出してくれ。
誰か!
「……」
せせら笑うように、豆腐がほよほよと揺れた。
……こんなことになるなら。
最後に俺と話したあいつ。生きている俺を最後に見たあいつ。
せめてあいつに……あのとき、フォローしてやればよかった。
八つ当たりみたいに怒鳴るんじゃなかった。……新社会人。不安がたくさんあったはずだ。その彼女とやらも心細かったのかもしれない。お互いを励まし合っていたのかもしれない。彼らのメンタルは、それこそ豆腐のように崩れやすい状態だったのかもしれない。先輩の話よりスマートフォンに気が向いてしまうのは、しかたのないことだったのかもしれない。あり得ないが。
「申し訳ない……」
しかし、極限まで追い詰められた俺は謝ることしかできなかった。
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