2
しばらく待機したがなにも起こらなかった。ただ寒かった。
俺は脱出口を見つけるために、壁を崩しながら前に進んでみることにした。人ごみの中を移動するように、ぎっしりと詰まった豆腐を全身でかきわける。時折、乾いた喉を豆腐で潤した。
それにしても、絶望しそうなほど豆腐は続いた。
なんだこれは?
もしこのまま自分の部屋に戻れなかったら、俺は一生豆腐の中で暮らさないといけないのか?
「夢じゃん」
頬を叩くと、手のひらと頬の間で豆腐がビチィンと飛び散った。
「夢じゃねぇ」
このリアルな豆腐の感触。やはり夢とは思えない。
しかし現実だとも思えない。
こんな現実があってたまるか。
「なにをしていたっけ……」
俺はここに来るまでのことを回想した。
朝、機械的に起きて、十分前に出勤。最近入ってきた新入社員の指導をして、昼はコンビニの弁当。午後も教育担当としての業務をこなす。そして残業のあと帰宅。またコンビニの弁当。のちにゲーム。コントローラーを握っていたことは鮮明に覚えているが、ここに来た記憶はない。
豆腐に関する記憶もない。
「はぁ?」
しかし豆腐に囚われるという奇妙な現象を解明できる人間などいるのか。こんなの、夢に決まっている。リアルな夢ってあるだろ。
だけど俺は、一体いつまでさまよえばいいんだろうか……。
うしろを振り返ってみた。かきわけた豆腐がトンネルのように続いている。崩落しないのが不思議だった。
「へくしゅっ」
死ぬほどではないにせよ風邪を引きそうな寒さ。豆腐を食べれば体温を維持できて飢えることもないだろうけど、醤油くらい用意したらどうなんだ。飽きるだろうが。
そうじゃない。
「つってもなぁ……」
俺にできることといえば、このままもぐらのように豆腐の中を突き進みながら夢が覚めるのを待つことくらいではないか。
……そうだ。
もう一度寝てみよう。
「よし」
横になると豆腐に沈んで息ができなくなるので、膝を抱えてそこに頭をうずめた。自分の呼吸がやけに大きく聞こえ、豆腐で濡れた部屋着が肌に貼りついて気持ち悪かった。尻の下で豆腐が潰れる。徐々に豆腐の沼に埋まる下半身。そこから身体全体に冷気がせりあがってくる。豆腐から染み出る水。熱を奪われる尻。
「寝れねぇ」
再び、歩くことにした。
トンネルを掘りながら、身体を温めるために豆腐をむさぼる。食感も、胃に溜まっていく感覚もおかしいくらいリアルで、俺は自分の考えを疑った。
夢じゃないのか?
「え、無理」
時間だけが虚しく過ぎていった。入り口も出口も見当たらない。永遠にこの空間が続いているのではないかとさえ思えた。わからない。わかりたくもない。早く覚めろよ、夢なら早く覚めろ。
「覚めてくれ……」
依然として覚める気配はなかった。
豆腐の壁をぶん殴った。
ひたすら歩き続けてわかったことといえば、たぶん『絹』だということだけだった。
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