36話

「やっぱりお兄ちゃんは料理の天才だね! 美味過ぎて馬になりそう!」

「馬にはならねぇよ」


 そのままのお前でいてくれ。


 一頻ひとしきり泣き終わった俺たちは、朝食兼昼食を頂いていた、作ったのはもちろん俺だが。ちなみに献立は昨日の夕飯にする予定だった豚の生姜焼き。

 

 一応物を食べれるくらいの元気は出たし、明菜には感謝しなければならんな。

 

 まぁ口の中めっちゃ切れててすっげぇ血の味するけど。これ後で病院に行った方が良いかもしれない。

 

「それでお兄ちゃんこれからどうするの? 今からでも学校行く?」

「流石にまだその勇気はないな……というかお前は学校良いのかよ」

「今日はうちの学校創立記念日だからお休みだよ」

「ああ、そういえば去年もそうだったかもな……」


 多分昨日伝えてくれるはずだったのだろうが、俺が部屋に引きこもったせいでタイミングを逃したのだろう。

 

 ということは今日ズル休みをしたのは俺だけということだ、今日まで皆勤で頑張ってきたんだけどな……

 

 学校にはどうやら母さんが連絡を入れておいてくれたみたいだから良いが、どうやって謝罪するか考えておかないと、どの道今夜は緊急家族会議間違いなしなのだから。

 

 とりあえず先にRINEで謝罪をキメておこうとスマホを取り出したところで、明菜から声が掛かる。

 

「とりあえず奈留さんに連絡だけでも入れておいたら? 今朝すっごい心配してたよ」

「そうだよなぁ、それは、頭じゃわかっているんだが……」


 そもそもなんて伝えるべきかが、分かんないんだよなぁ……

 

 突然「実は罰ゲームで付き合ってると思ってて」なんて言っても信じてもらえるかすら怪しいし、とりあえず朝の件だけでも謝罪を入れておきたいが、何故か指が動いてくれない。

 

 結局俺は、明菜にあれだけ詰められながらも、逃げ続けているのだ。

 

「でもお兄ちゃんもここ1ヵ月くらいで成長したよね」

「突然どうしたんだよ」


 あまりにも突拍子の無いことを言われて、思わず首をかしげてしまう。

 

「だって昔のお兄ちゃんだったら、私が泣き出しても抱きしめたりなんか絶対しなかったと思うよ、それこそ部屋に逃げちゃってたと思う」

「あまり思い出させないでくれ、すごい恥ずかしい」

「褒めてるんだから良いの! これも全部奈留さんのおかげだね」

「なんでここで奈留の話になるんだ」

「だってお兄ちゃんがかっこよくなったの、奈留さんの影響に間違いないし」

「かっこよく?」


 正直、普段よりスカスカになった髪の毛以外、変わったところなんてないと思うんだが。

 

「まぁ私から説明しても納得してくれなさそうだから、その役目は奈留さんに任せるけどね」

「お前、俺を慰めるために適当な事言ってないよな?」

「正直ほんのちょっとだけある」

「おいこら」


 決め顔でそんなこと宣う明菜が、俺の妹で良かったと、心の底から思ってしまった。

 

 そんなことを思っていると、スマホに通話が掛かる。

 

 発信者は、服部君だった。

 

「誰から?」

「服部君だよ、って言っても分かんないか」

「ああ、奈留さんが言ってた忍者の人ね」


 奈留の奴、一体いつ服部君の話なんかしたんだ。それは置いておくとして、心配して掛けてきてくれたであろう服部君に申し訳ないので、電話に出る。

 

「もしもし服部君?」

「おお、遠山殿出てくれたでござるか! 体調の方は大丈夫でござるか?」

「そんなに元気はないけどなんとか平気、体は健康そのもの」

「それなら良かったでござる――ところで、ああ~その、遠山殿これから出かけたりするでござるか?」

「――? いや、今日は家でゆっくりする予定だけど」

「そ、そうでござるか」

「なんか用事でもあるの?」

「い、いや、その――あ、ああ! 実は遠山殿にプリントを届けるように頼まれたのでござる! だから放課後伺っても大丈夫でござるか?」

「それはもちろん構わないけど、遠山君家遠くなかったっけ? 写真撮ってRINEで送ってくれてもいいけど――」

「それがその、とっても大事な書類で、と、ともかく後でお邪魔するでござるから、待ってるでござるよ!」


 それだけ告げると電話が切れてしまった、一体なんだと言うんだ、なんか様子もおかしかったし。

 

「服部……さん? は何のようだったの?」

「いや、なんかプリントを持ってきてくれるらしいんだけど」

「それだけ? それなら郵便受けにでも入れてくれてもいいのにね」

「確かにそうだな」


 まぁ服部君なりの考えがあるのだろう、それに今はそんなことよりも考えなければならないこともあるし。

 

 結局俺が奈留に送る文面が思いつく前に、家のインターホンが鳴り響くことになったのであった――

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん、来たんじゃない?」


 俺はスマホと睨めっこしていた顔を上げると、もうそんな時間になったかと驚愕した、気づいたらもう4時半になっている。

 

 たっぷり4時間以上も同じ姿勢で悩んでいたようだ、スマホの時計表示は目に入っていたはずだが、頭には入っていなかった。

 

 ドアホンで確認するとやはり服部君が映っているのだが……何故かめちゃくちゃそわそわしている。

 

 このままだと服部君が不審者と勘違いされてしまいそうなので、俺は急ぎ玄関の扉を開いた。

 

「服部君! なんかすごい挙動不審だけど、どうかしたの?」

「あ、と、遠山殿! べ、別に拙者は普段通りでござるよ?」


 嘘だ、絶対なんか隠してるぞ。

 

「あ、これが例のプリントでござる、どうぞ受け取って欲しいでござる」


 そう言うと俺に1枚の用紙を差し出してきた、特に何も考えずにそれを受け取る。

 

 そのプリントは――白紙だった。

 

「今でござる! 者共! かかれ!!」

「!?」


 服部君が叫ぶと、その背後から田中と佐藤が飛び出してきた。

 

 そして3人がかりでガッチリと俺の身体を簀巻きにしていく。まるでアニメみたいだ。

 

 ――え?

 

「ちょ、ちょっと服部君!? 何やってんのマジで!?」

「拙者も心苦しいが、ここは神妙にお縄について欲しいでござるよ!」

「ゆっきーわりぃなぁ、でも危ないからあんまり暴れないでくれな~」

「ごめん遠山君、文句なら後で花に言ってね」

「いやいやいや! 待って! 意味わかんない! 明菜! 明菜ぁ! 助けてくれぇ!!」

「なんかよくわかんないけど、お兄ちゃんをお願いします!」

「この裏切者ぉぉぉ!!」


 手を振る明菜に見送られ、俺たちは賑やかに出発した。

 

 すいません、これ、控えめに言っても誘拐ですよね?

 

「せ、せめてどこに行くのか教えてくれよ!」

「それは着いてからのお楽しみだぜゆっきー!」


 途中までは抵抗していた俺だが、放り出されたら死にかねないことに気づき、ガタガタと震えながら、3人に揺らされ続ける。

 

 しかし5分ほどで、俺たちがどこを目指しているかおおよそ見当が付きつつあった。

 

 恐らく、学校だ。

 

「な、なぁ、なんで学校に行くんだ? というかそろそろ降ろして欲しいんだけど」

「降ろしたらゆっきー逃げちまうだろぉ? お姫様が待ってんだから、もうちょっと静かに待ってな~」


 お姫様……ま、まさか。

 

「お、降ろしてくれぇ! 今は奈留に合わせる顔なんてないんだぁ!」

「だから連れてきたんだろ~、この調子じゃやっぱ拉致って来て正解だったな~」


 そうこうしてるうちに校門を超え、校舎に突入してしまう。

 

 そのままドタバタと階段を上る服部君たち、そして遂に、屋上へと辿り着いた。

 

「はぁ……! はぁ……! やべぇ、流石にしんどい……」

「よくここまで体力持ったでござるね拙者達……」

「それじゃあ、ウチ達はこれで」


 なんで佐藤はケロってしてんだよ、お前絶対サボってたろ。

 

 ていうかそんな場合じゃなくて、はやくこれ解いて欲しいんだけど。

 

 なんて思っていたら服部君がササっと解くと屋上から3人が去って行ってしまう。あまりの早業に理解が追い付かない。

 

 しかし自由になったのならやるべきことはただ1つ。

 

 逃げよう。

 

「ゆ~き~や~くんっ」

「――!?」


 残念なことに、魔王からは逃げられない。

 

 何処に隠れていたのか、気が付くと笑顔の奈留に背後から肩を掴まれていた。

 

お話し・・・、しましょ?」


 何故だか理由は、わからないのだけども。

 

 俺はただ、静かに頷くことしか出来なかった――

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