34話

「ごめんなさい奈留さん、わざわざ来てもらったのに……」

「明菜ちゃんが謝る事じゃないよ! それで、幸也くんの調子は、どうなの?」

「昨日から見てないからわかんないんですけど、一応さっき返事はくれたので、大丈夫だとは思います……」

「そうなんだ……幸也くん、早く良くなると良いね」

「まったくです! 私だけじゃなく奈留さんにまで心配かけさせるなんて、もうお兄ちゃんは1人の身体じゃないっていうのに」

「明菜ちゃん、それ全く違う意味に聞こえるよ?」


 幸也が真相を知った翌日。奈留はRINEに反応がない幸也を不審に思いながらも迎えにやって来ていたが、結果は空振りに終わってしまった。

 

 昨日は結局幸也は家に帰るなり部屋に引きこもり、普段の夕食の時間になっても出てくることは無かったのだ。

 

 心配に思った明菜が声を掛けたが、何とも言えない生返事が返ってくるだけであった。

 

 鍵もかけられているため強行突入も出来ず、明菜は夕食にありつけずに、買い置きのシリアルでお腹を満たすことになってしまった。

 

 それだけなら良かったが、お風呂どころかトイレにさえ出てこない幸也を心配し、2人の母が帰宅してから一緒に出てくるよう説得したが、これまた形の無い声が返ってくるだけであった。

 

 一体何がどうしてこうなったのかわからないが、日が明け、いつもなら幸也が起きてくる時間になっても扉が開くことはなく、明菜がヤキモキしているうちに奈留が訪ねてきてしまったという次第である。

 

「それでは私はお母さんを起こしに行く任務がありますので……奈留さんも気を付けて行ってくださいね」

「うん。それじゃあまたね明菜ちゃん」


 明菜に断りを入れると、通学路を1人歩く奈留。

 

 今日も今日とて、空模様は曇天の有様だ。

 

(せっかく、幸也くんに喜んでもらおうと思ったのになぁ)


 昨日、雨の中苦労してとある『仕込み』をしてきた奈留の気合は、盛大に空振ってしまうことになった。

 

(そういえば、もうずうっと幸也くんと一緒だったなぁ)


 告白からそんなに経っていないはずなのに、毎日1人で登校していたという事実が遠い昔のように感じて。

 

 いつもより寂しい左手が、奈留の心を蝕んだ――

 






「ゆっきー結局休みかよ~、だからあんとき、さっさと雨宿りしろって言ったのによ~」

「え? 花ちゃん昨日幸也くんに会ったの?」


 昼休み。教室では珍しくギャル3人に奈留、そして服部という組み合わせでランチを囲んでいた。

 

 話題はもっぱら、今日休みの男についてである。

 

「そうなんだよ~、昼頃に会ってさぁ、ちょっと話している間に雨が降ってきちゃってな~、私たちはすぐ駅に逃げ込んだから助かったけど、何故かゆっきーしばらく立ち尽くしちゃってたからさぁ~」

「そっかぁ、それで風邪ひいちゃったのかもしれないね」


 もはや幸也が突然フリーズすることが日常茶飯事になっているため、何故立ち尽くしていたかについては疑問を持てない奈留であった。

 

「まぁ多分ただの風邪だろうし~、そんなに心配することないと思うぜ~」

「それはそうだけど、幸也くん1人で何か抱え込んでいる節があるし、ちょっとだけ心配……」


 そう、ことここに至って奈留は幸也の『隠し事』に気づきつつあったのである。

 

 別に何かきっかけがあったわけではないが、幸也の様子が明らかに異常であることに気づけないほど奈留は鈍感ではなかった。

 

 いや、普通ならその内容にまで気づいてそうなものだから、鈍感な事には違いないかもしれないが。

 

「ところで拙者はそのお話の内容とやらが気になるでござるよ、皆の衆そんなにたくさんは遠山殿と話さないでござるしね」

「ああ、それなら例の罰ゲームの事よ」

「はは~、そうだったんでござるね~……え!? 遠山君にそのこと話しちゃったの!?」

「あんたやっぱりござるやめて、そっちの方が似合ってるわよ」

「今はそれどころではないでござるよ! ああ、いつか自分で気づくだろうからと放っておいた結果がこれでござるかぁ……」

「――? 罰ゲームってなんのこと?」

「あ、いやそれはそのぉ、なんと説明したらよいでござるか?」

「ウチに聞かれても困るんだけど……」

「ねぇ、まさかと思うけど、皆で幸也くんをいじめてるなんてこと、ないよね?」

「ひぇ」


 奈留の放つ†圧†に全員が短い悲鳴を上げる。なんなら全く関係ない教室中の有象無象も覇気の余波を受けて鳥肌を立たせていた。

 

 今はお淑やかな奈留だが、中学生時代、反抗期真っ盛りにグレて少々『やんちゃ』していたという事実を、偶然にもこの場に居ない男だけが知らなかった。

 

 もっとも、傍から見れば不良のの字にも満たない児戯ではあったのだが。

 

「ち、違うでござるよ佐伯嬢! これはその、極めてデリケートな問題でござって――」

「言え」

「はい! 全て洗いざらい話させてもらいます!」


 奈留の目つきが獲物を狩り獲るハンターのそれ・・になっていることに気づいた服部が秒で折れてしまった。よわい。

 

 こうして服部は事の次第を自分の知る範囲で奈留に教えることとなった――

 

 

 

 

 

 

 

「え、つまり私って今、幸也くんと付き合っていないってこと?」

「まぁ、遠山殿はそう思っているというわけでござるよ……」

「そんなぁ……あんなに勇気出して告白したのに……」


 自分の置かれている状況に気づいた奈留は非常に落ち込んだ。具体的に言えば無意識にお箸を落としてしまうくらい落ち込んでいた。

 

「そうは言っても、ゆっきーが奈留っちのこと好きなのは間違いないし、別に問題ないんじゃないの~?」

「そんな保証どこにもないもん! うわあああ! 今考えると彼女でもないのに調子に乗って好き好き言いまくってたの恥ずかしくなってきたあああ!!」

「恋患いって大変でござるね」

「あんたも告白してきたとき、こんくらいテンパってたわよ」

「え? 嘘でござるよね?」

「いいなぁ、2人はちゃんと付き合ってて、はぁ……」


 奈留の機嫌は一向に直ることは無い、各々がどう慰めたものかと思っているその時、参謀役の高橋が珍しく口を開いた。

 

「奈留ちゃん、遠山君が奈留ちゃんのこと好きって言うのは、本当のことだと思うよ」

「むぅ、どうしてしーちゃんにそんなことわかるの?」

「それはね、奈留ちゃん自身が分かってることだと思うんだ」

「だから! それがわかんないから――」

「よく思い出してみて、奈留ちゃんが、遠山君の愛を感じた瞬間を」


 そう言われた奈留は、胸に手を当て、今までの幸也との思い出を回想した。

 

 死に物狂いでお弁当を完食してくれたこと、泣きながらヒーりんを取ってくれたこと、怪我をした自分を背負ってくれたこと、それ以外にも、沢山のサインがあったことを、他人に指摘されることで初めて気づいたのだ。

 

 そして、花火の夜、好きだと言ってくれたことも。

 

「あっ……」

「ね? 奈留ちゃんは、もっと自分に自信を持って良いと思うよ」

「……うん!」


 納得したのか、機嫌が戻ってきた奈留に周囲はホッと一息つく。

 

 やっとプレッシャーから解放されたことに安堵したのだ。

 

「しかし高橋嬢は素晴らしいでござるね、よくこんなアドバイスを思いついたでござるよ」

「まぁ、大抵のバカップルなんて自分たちの世界作りこんでいますからね、ちょっと突くだけでポロポロ思い出が零れてきますから、それっぽいこと言えば大体納得してくれるんです」

「要するに?」

「適当です☆」

「それは、私が居ないところで言ってほしかったな」


 唇を尖らせる奈留、笑う4人、いつしかちょっぴり重くなり始めていた空気は、何処かへ消えてしまった。

 

「しかしこちらは良いとしても、遠山殿をどうするかでござるなぁ、絶対余計な事考えて落ち込んでるでござるよ」

「もしかしなくても、幸也くんが休んでるの絶対これが原因だもんね……」


 微粒子レベルの確率で本当にただの風邪という可能性も考えられるが、かたくなに部屋に引きこもっているという情報からこちらが本命だと確信する一同である。

 

「奈留っちがRINEで好き好き会いたい~、って連呼すれば出てくるんじゃない?」

「それはむしろ追い詰めるだけなような気がするでござるよ……」

「じゃあもうこれはいっそ拉致ってくるしかないっしょ~、そんで奈留っちが優しく抱きしめて、幸せなキスをして、ハッピーエンド」

「抱きしめるくらいなら出来そうだけどキスは無理だよ!」

「じゃあもうゆっきーの部屋強行突入して、押し倒してベッドの中で語るしかないじゃん」

「なんで花ちゃんの考えはそう極端なの!?」


 ああでもないこうでもないと議論を重ねるが、良い案は思いつかない。

 

「もうこの際拉致って来るのは確定として、その後どうするかだよな~」

「それはもう決定なんだ……でも私に会うなり逃げられたりしたら、ショックで心壊れちゃいそう……」

「うーむ、いっそ縄で縛っておくとかどうでござるか?」

「あんた、少し花に毒されてるわよ」

「そうは言っても、どうしたって遠山殿は確実に逃げるでござるよ、この1年の付き合いで確信があるでござる」

「いっそ何処かに奈留ちゃんと一緒に閉じ込めるとか、そうなるとやっぱり家に押し掛けることになるよね」

「2人っきりで解決するなんて無理だよぉ!」

「いや奈留っち、そこは頑張れよ……」


 結局解決策は見いだせず堂々巡りかと思われたその時、またしても参謀役から救いの手が。

 

「ねぇ奈留ちゃん、何か遠山君の心を揺さぶれるような、そんなものは無いの?」

「幸也くんの、心に触れるもの……」


 そんなものあるだろうかと考えるが、1つ、思い当たるものが奈留にはあった。

 

「……花火」

「え?」

「幸也くん、花火、また一緒に見たいって言ってた」


 正確には言ったのは奈留だが、幸也が満更ではなさそうなことを思い出したのだ。


「花火かぁ、でも次は8月だしな~」

「手持ちの花火だとインパクトに欠けるでござるし、ちょっと無理があるかもしれんでござるねぇ」

「はっは~ん、それなら私に良い考えがあるぜ~!」

「花が自分から良い考えって言う時は大抵ろくでもない事だけど、何かしら?」


 自分だってつい最近自撮りを送れとかいうろくでもない提案をしておきながら、良い御身分である。


「まぁそう言うなって~、とにかく聞くだけ聞いてくれよ~」


 そう前置きした田中の作戦は、本当にろくでもないもので。

 

 しかしそれ以外に良い案も無かった奈留達は、結局その「良い考え」とやらを採用することになってしまったのであった――

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