33話
空を見れば、いつ雨が降ってもおかしくないくらいどんよりとした雲日和だ。
太陽の光は陰キャの俺が生きるには眩しすぎるから、これくらいがちょうどいい、なんてね。
果てさて、奈留との縁日デートから早いもので1週間が過ぎ、今日は珍しく1人で駅前にお出かけだ。
実際にこの後雨が降ると天気予報でやっていたので悩んだが、家に居るとどこかの女の子のことばかり考えてしまうため、気分転換に出てきてしまったのだ。
なのに傘を忘れてきてしまうという体たらく。まぁ本格的に降り始めたらコンビニで買えば良いだろうと楽観的だ。
さて、そんな俺が右手に持つ袋の中には今、俺が最も憎んでいるクリーチャーが収まっている。
何を隠そう、ヒーりんである。
以前のデートで取った奴よりも、2回りほど小さいサイズの物だ。
何気なしにゲームセンターに寄った俺の目に止まってしまい、お財布ポイントに余裕が戻ったことも相まって、前回のリベンジとばかりに100円を投下してしまったのだ。
結果は、なんと奇跡的に1発で仲間に加えることが出来た。
これを前回できていれば、なんて思ったが、お姫様への手土産を1つ確保できたので良しとしよう。
……って思ったけど、前回取った奴ちゃんと大事にしてくれてるのかな、一応本人はそう言っていたけど。
もしかして、もう捨てられてたりなんてするんじゃ……やめよう、これ以上考えたら俺の身が持たない。
はぁ、奈留の事を考えないように外に出てきたのに、これじゃあ意味がないじゃないか。
思わずがっくりと肩を落とし、ため息までついてしまう。するとそこに、今一番会いたくない人物の声が掛かった。
「あれ~? ゆっきーじゃーん! 今日は奈留っちは一緒じゃないの~?」
「!?」
背中から受けた声が誰のものか認識したとたん、俺の身体は石像にでもなってしまったかのように動かなくなった。
ブリキの人形の如く、ギギギと音がしそうなくらい緩慢な動きで振り返ると、そこには想像通りの光景があった。
田中、佐藤、高橋のギャル3人衆が、飲み物片手に、仲良さそうに佇んでいる。
「あははは! ゆっきーなんでロボットみたいになってるの?」
「ちょっと花、笑ったら失礼じゃない」
「遠山さん、こんにちは、今日は1人でお出かけ?」
3人はいつも通り俺を弄ってきた、あと高橋お前「やばい」以外喋れたのか、初めて聞いたぞ。清楚系ギャル(?)だったのか。
いや、そんなことはどうでもよくて、こんなところで悪魔の群れとエンカウントするとは、間違いなく今日は厄日だ。
なんとか適当な言い訳で、早めにこの場を切り抜けなければ!
「べ、別にいつでも一緒なわけないだろ! 特に用が無ければ俺はもう行くからな!」
「そんな硬いこと言わないでさ~、ゆっきー少しお話していこうぜ~」
「俺は話すようなことなんて何も――」
「そんなこと言わずにさ~、奈留っちが居ない今だからこそ、2人の仲が実際どうなのか聞かせてほしいわけよ私ゃ~」
くっ、ここでも揺さぶりをかけてくるのか、俺がどの程度奈留に想いを寄せているか確かめたいわけだな。
いっその事盛大に惚気てやろうか、そうすれば俺が『本気』だと勘違いしてくれるかもしれない。
だが、醜い俺の本性がそれだけはさせまいと阻んでくる。
罰ゲームが、終わって欲しくないから。
「まぁ、奈留とは仲良くやってるよ、
「おいおい~、そんなに怖い目して言われてもお姉さん信じられないぞ~」
誰がお姉さんだ、誰が。
「ていうかゆっきー、もしかして私たちの事知ってたん?」
「っ! な、なんのことだよ」
しまった! 露骨に嫌味を言ったせいで勘づいている事がバレたか!?
しかしここで狼狽えては駄目だ。ここは何もわかっていないふりをしよう。
「お前たちと奈留と、なんか関係があるのか?」
「いやさ~、私たちが奈留っちを
ど、どういうことだ!? まさかこんな簡単にネタバラシが行われてしまうのか!?
思わず顔を引き攣らせてしまった俺に、田中が畳みかけてくる。
「でもマジで感謝して欲しいぜ~、私たちが奈留っちのお尻蹴飛ばさなかったら、絶対告白なんて出来なかっただろうしなぁ」
「な、何を言って――」
「まぁゆっきーさぁ、元々奈留っちのこと好きそうだったし? 2人がちゃ~んとくっついて私たちも肩の荷が下りたって言うかさ~」
「だ、だから――」
「告白した後の奈留っちの浮かれっぷりをなぁ~、ゆっきーにも見せてあげたかったぜ~」
「やめろよ!」
もうたくさんだ、我慢の限界だった、俺はもう冷静ではいられず、田中に食って掛かってしまった。
「いい加減にしろよ! 俺が、俺達がどんな気持ちで――」
「奈留っち今、本当に幸せそうだからさ、ゆっきー、大切にしてやってくれよな」
俺の言葉は、最後まで出切ることは無かった。
田中の真剣な眼差しからは、本当に奈留の事を想っているとしか、感じられなかったから。
「な、何言ってんだよ、だってこれ、罰ゲームなんだろ?」
「はぁ? ゆっきー何言ってるん?」
「ああ、服部が言ってたの、これの事だったのね……」
何か合点がいったというように佐藤が頭を抑える。
「は、服部君がどうかしたのかよ」
「遠山君、奈留からの告白、ウチたちが仕組んだと思ってるでしょ? ……いえ、それはその通りなのだけど、奈留の気持ちは『本物』よ」
「――は?」
「だから、遠山君の思ってる、その、罰ゲーム? みたいなものはね、全部、誤解なの」
「う、嘘だよな!? だって、だってそんなこと、あるわけないじゃないか」
「遠山さん、奈留ちゃんね、ずっと遠山さんのこと好きだって、私たちに相談してたの」
「ごめんな~、ゆっきーがそんな勘違いしてるなんて思わんかったからさ~……あ、それなら今から奈留っちに聞いてみようぜ!」
田中が空いた手でスマホを取り出すが、その画面に水滴が落ちる。
雨が、降り始めたのだ。
「うわぁ本格的に降ってきやがった~! ゆっきーも早く雨宿りしろよな~!」
一気に土砂降りとなった雨を受け、3人は小走りに駅の構内へと走っていった。
だが俺は、大粒の雨をその身に受け続けても、走り出すことは無かった。
むしろ、歩くことさえできない。
自分の信じていた物が根底から覆されたという事実が、脳を麻痺させて、体を動かすことが出来ないのだ。
『1年生の頃から気になってて、だから、その……っ! 好きです! 私とお付き合いしてください!』
『幸也くんの分もお弁当作ってきたの、だからその、2人で食べられない、かな?』
『ふふん、幸也くんを驚かせようと思ってずっと待っていたのでした! ……すごい恥ずかしかったけど』
全部、全部、奈留の本音だったんだ。
嬉しい事のはずなのに、体からは徐々に熱が失われていく。
心臓がまるで、自分のものではなくなってしまったみたいだ。
ああ、そうか、そうだよな。
今までずっと、奈留の心を弄んでいたのは、あの3人だと勘違いしていたけど。
違ったんだ。俺が、奈留の心を弄んでいたんだ。
奈留の本気を、お遊びだと、否定し続けたんだ。
本当の邪悪は、俺だったんだ。
その事実に気づいたとき、指から力が抜け、大切に掴んでいたはずの袋が地面に落ちてしまう。
その弾みで、ヒーりんがコロコロと袋の外に飛び出した。
奈留にあげるはずだったのに、びちゃびちゃに汚れてしまった。もう、渡せないな。
でも、もうどうでもいいか。
どの顔して、プレゼントなんて渡せばいいんだ。
俺にはもう、その資格なんてないのだから。
――雨、止まないで欲しいな。
まだ梅雨入り前だというのに、雨はとても長く降り続いて、いつまでも、いつまでも、俺の胸を叩き続けた――
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