32話

 青黒い夜空に1つ、また1つと花火が上がっていく。

 

 赤、青、緑、様々な色が織りなす美しき花々は、今日は『特別』、綺麗に見える。

 

 きっと奈留が一緒だからだ、なんてクサい台詞は心の中の奥の方に、大切にしまっておいた。

 

「綺麗だねぇ……幸也くんのおかげで良く見えるし、本当にありがとね」

「俺は何もしてないよ、ただ、運は良かったな」


 俺たちは河川敷から少し離れた公園のベンチに座り、肩を寄せ合って花火を眺めている。

 

 少し遠くまで来過ぎたかと思っていたが、遮蔽物がないため非常に見通しが良い。

 

 意外な穴場のような気がするが、周囲に人も全く居らず、光と音を何にも邪魔されずに楽しむことが出来た。

 

「私、花火のこと、好きになっちゃったかも」

「俺も、前はわざわざ見に来ようなんて思わなかったんだけどな」

「ふふっ、私も一緒、家から見るだけで満足してたけど、今日で認識変わっちゃった」

「俺はむしろ、一度高いところから花火を見てみたい」

「それなら、夏は私の家で見てみる?」

「……そうだな、それも、いいかもな」


 とても素敵な提案だ。でも、きっとそれは、叶うことはないだろうな。

 

 流石にその頃まで、この関係は続いてはいないだろう。

 

 罰ゲームが終わってしまえば俺たちは以前のように、むしろ前よりももっと疎遠な、他人同士に戻るのだ。

 

 だからだろうか、夏の花火を奈留と一緒に見るのは、俺ではない別の誰かなんじゃないか、なんて考えてしまう。

 

 そう思うと、針や棘が心臓の至る所に突き刺さったように、痛い。

 

 そしてそんなことを考える自分が、醜くて情けなくて、惨めで、また泣いてしまいそうだ。

 

 この罰ゲームが始まってから、もう一生分泣いてしまったような気がする。

 

 フィナーレに向かって徐々に勢いを増す花火が、妙に眩しく感じて、寂しさが胸を満たす。

 

 奈留の隣という幸福が、もうじき終わってしまうことを象徴しているようで、何となく直視できない。

 

 目を逸らすと、あろうことか奈留と目が合ってしまった。無意識に奈留の方を向いてしまったことに、後悔が過った。

 

「幸也くん、もしかして泣いてるの?」


 ああ、まただ、また心配させてしまった。

 

 どうして奈留が傷つく原因になった俺を、許してくれるのだろう。

 

 慈しみっていう言葉は、きっと、彼女のためにあるんだ。

 

「なんだか、綺麗すぎてね、感動しちゃったからかな」

「幸也くんて結構涙もろいところあるよねぇ、でもそんなところも、大好き」


 丁度一際大きい花火が上がってしまい、奈留の声はほとんど聞こえなかった。

 

 でもきっと、俺を慰めるために、何か優しい言葉をかけてくれたのだろう。

 

 目を細め、くすりと笑った奈留の表情が、そう物語っていた。

 

 そして、夢のような時間も、ついに終わりを迎える。

 

「……花火、終わっちゃったね」

「ああ」

「また、見たいなぁ」

「夏休みになればまた見れるさ、その前に期末試験があるけどな」

「こういう時にそんなこと言うの、情緒ってものがないよ幸也くん――」


 文句を言いながら笑う奈留が可笑しくて、俺もつられて笑ってしまう。

 

 正直、奈留の天真爛漫さには、とても助けられた。

 

 感傷に浸るような静寂は、俺には似合わないと思うから。

 

「それじゃあ帰ろうか、奈留、足の調子はどう?」

「正直に申し上げますと、まだ結構痛いです……」


 まぁ、絆創膏貼っただけで即座に治るなら苦労しないわな。

 

「それじゃあお姫様、幸也号に乗る準備をお願いします」

「うう、最後の最後までお世話になります……」


 ここまで来たとき同様に奈留を背負う。

 

 正直かなり腕が限界を迎えつつあるが、ここで弱音を吐くわけには行かない。

 

 明日は筋肉痛が酷そうだ。普段から少しは鍛えておくべきだったかもな。

 

 人気ひとけの無くなった堤防を歩く、遠くでは、祭の終了を告げる放送が流れていた。

 

「幸也くん、今日はごめんね」

「いきなりどうしたんだ」


 耳元で囁かれたせいでドギマギしてしまう。

 

「その……私ばかり楽しんじゃって、幸也くんは楽しめたのかなって」

「俺は、心から楽しませてもらったよ、だから気にしないで」

「うん……それなら良いんだけど……」


 どことなく、むにゃむにゃと答える奈留。かなり眠そうだ。

 

 まるで小さな子供だなって思うけど、あれだけはしゃいでいたのだから、仕方ないだろう。

 

「疲れてるなら寝っちゃってもいいぞ、ちゃんとマンションまで行ったら起こすから」

「それは幸也くんに悪いよ……頑張って起きてる……」

「無理しなくて良いから、辛いなら寝ちゃいな」

「……」

「奈留?」


 やはり眠気には勝てなかったようで、すぐにスーッという寝息が聞こえてきた。

 

 奈留の吐息が首を掠めるせいで、少しくすぐったい。

 

「……寝ちゃったか」


 奈留が寝てしまうと、遠くを走るトラックの地響きと、祭から帰る人々の雑踏しか聞こえなくなってしまう。

 

 それがなんだか寂しくて、奈留の事ばかり考えてしまう。


 思えば出会ってからというもの、奈留に振り回されっぱなしな気がする。

 

 どこまでが彼女のなのかなと思うけど、きっとほとんどは奈留の本質そのものなんだろう。

 

 けれど、いつか、別の誰かに奈留の笑顔が向けられることになるんだろうなって考えると――

 

 収まったはずの胸の痛みが、さっきの何倍にもなって、突き刺さる。

 

 だからかな、余計な一言が口を割って出てしまう。

 

「奈留、好きだ」


 俺は、卑怯な男だ。

 

 田中達を卑怯だと呼んだこともあったが、俺はそれを遥かに上回っているだろう。

 

 自己満足のために、聞こえないとわかっていて、奈留に好意を伝えているのだから。

 

 奈留に告白をしたという、結果だけが欲しかったんだ。

 

 答えを聞く勇気を持てない俺は、やっぱり奈留とは釣り合っていないんだ。

 

「……私も」

「!?」

「……」


 一瞬、告白を聞かれてしまったのかと思ったが、どうやら寝言だったみたいだ。

 

 いや、それにしたって奈留が俺に好意を抱いているわけがないんだが。

 

 それでもちょっとだけ、期待してしまった自分が居て。

 

 そんな自分が段々と、心底嫌いになっていく。

 

 今は拭うことが出来ない涙を堪えながら、俺は硬すぎるアスファルトの上で、脚を動かし続けた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(きゃああああ! 初めて幸也くんから好きって言われちゃったあぁああああ!!)


 ばっちり聞かれていたことを、で聞かされた俺が壁に顔面を叩きつけることになったのは、もう、本当に少しだけ後のお話。

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