29話

「明菜、やっぱり今からでもウィッグ的なサムシングを買ってきた方がいいんじゃないか?」

「お兄ちゃん正気!? 未だかつてないイケてるお兄ちゃんを捨てるなんてとんでもない!」


 お前昨日は俺を見た瞬間不審者扱いしてたじゃないか。

 

「まぁ確かに雰囲気ガラっと変わっちゃったから、奈留さんの評価は気になるところだけど――少なくとも前のお兄ちゃんと今のお兄ちゃん、どっちを彼氏にしたいか道行く人に聞いたら100人中100人が今のお兄ちゃんって言うよ」

「そんなにか、むしろ今までの俺ってそんなにキモかったのか……」


 根暗なのは認めているが、そこまで言われると流石に胸が苦しい、なんだか頭も重くなった気がする、過呼吸になりそう。

 

「でも今のお兄ちゃんは見た目だけなら何処に出しても恥ずかしくないレベルになったんだから、これできっと奈留さんもメロメロのメロだね」


 ちょっと伸ばしすぎた髪切って、髪型変えただけでそんなことあるわけないだろ、むしろドン引かれないか本気で怖いんだけど。

 

 果てさて迎えた日曜日当日。俺は待ち合わせの時間、18時まで暇を持て余していたのだが、俺の変わり様がよっぽど面白いのか明菜に絡まれ続けていた。

 

 縁日は川原で行われており、奈留のマンションの方が近い位置にある。

 

 故に俺の方から迎えに行く予定だったが、昨日RINEで「迎えに行くから待っててね!」という念押しが来てしまったのでまったり待ち続けているわけである。

 

 正直明菜にツンツン頭を弄られ続けてるのめちゃくちゃしんどいから早く来て欲しい。

 

 一応店長にレクチャーされた通りにセットも頑張ったから、あんまり崩さないで欲しい、まぁ焼け石に水程度かもしれんけど。

 

 そうこうしているうちに奈留からRINEに連絡が入った、いつもならインターホンを押すのにどうしたというのか。

 

「なんか奈留から到着したって連絡来たから、俺行ってくるな」

「あ、待ってお兄ちゃん、魔法のアイテムあげるから」

「? なんだそれ」

「私の予感だと、多分必要になると思うんだ、これとこれ」


 明菜から手渡されたものは、確かに便利だが、なぜ今このタイミングで渡してきたのか全く分からない代物だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関の扉を開けるとそこには、天使が居た。

 

 いや、奈留は元々天使なのだが、桜色の浴衣に身を包んだ奈留は余りにも綺麗で、まるで別世界に迷い込んだような、そんな不可思議な気持ちにさせられた。

 

 普段は着けていない赤い蝶々の形をした髪飾りもまた、夕日に照らされ幻想的な雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。

 

「幸也くん、こんばん――ど、どなたですか!?」

「つれぇわ」


 一瞬で現実に引き戻された、ある意味これで良かったかもしれない。

 

「も、もしかして幸也くんなの!?」

「もしかしなくても幸也ですお姫様……」


 めっちゃ引かれてるじゃん、やっぱり陰キャがイキり散らしてると思われてるに違いない。

 

「な、なんていうか、いつもと別人みたいだけど、けど――すごく、かっこいいよ」

「ソウイッテモラエルト、ウレシイデス」


 勇気を出した俺に、女神さまの残酷な慈悲が突き刺さる。

 

 まぁ俺のことはこの際どうでもいい、ここは奈留のお姿を褒め称えておかねば。

 

「そんなことより奈留の浴衣姿、すごい似合ってるぞ、それこそ本当にお姫様みたいだ」

「えっへへ~、お母さんに半ば無理やり着せられたんだけど、そう言ってもらえると嬉しいな!」


(本当は無理言って着させてもらったんだけど)


 まるで本当に嬉しいみたいに喜んでくれる奈留に心臓が破壊されそうだ、平常心……平常心……


「それじゃあ行こうか、とりあえず花火まで屋台見て回る感じでいいかな」

「そうだね、目移りし過ぎないように気を付けなきゃ……」

「食べ物は食べきってから次のを買うんだぞ」

「私そこまで食いしん坊じゃないよ!」


 ビーフシチューで涙を流していた娘の言葉とは思えん。

 

 くだらないけどかけがえのないやり取りを終えた俺たちは、沈み始めた夕日を背に、縁日を目指して歩き始めた――

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