25話

 家に帰ってきた俺達にいつも通り明菜の元気な声が掛かる。

 

「お兄ちゃんお帰り! ……と、奈留さんも、いらっしゃい!」

「こんばんは明菜ちゃん、今日もお邪魔するね?」


 試験期間中に何度も足を運んだ関係で、既に明菜と奈留は仲良しだ。

 

 いや、むしろ明菜が一方的に奈留に懐いているような感じもして申し訳なく思う。

 

 こんなに懐いている明菜にも申し訳ないが、そう遠くない未来に奈留が家に来ることは永久になくなってしまうのだが。

 

 その事実を思い出して、ちょっとだけ心が痛んだ。

 

「それじゃあ俺は夕飯の支度するから、奈留はくつろいでてくれ」

「え!? そんなの悪いよ、私もお手伝いを――」

戦場厨房に! 女は不要!!」

「お兄ちゃん、それ普通にセクシャルハラスメントだよ、謝りなさい」

「誠に申し訳ございませんでした……」


 実際のところうちのキッチンは狭いので、1人で作業しないと体がぶつかってしまいかねないから危険なのだ。

 

 まぁ、2人仲良く料理というのに憧れがないわけではないが、こう、新婚さんみたいで? ふひひ。

 

 気持ち悪い思考を振り払って、俺は買い物袋片手にキッチンへ向かうのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで奈留さん、どうだったんですかな、お兄ちゃんとの初デートは!」

「で、デートって、明菜ちゃんやっぱり知ってたの?」

「お兄ちゃんから奈留さんと出かけると聞いていたので! まぁお兄ちゃんはデートだと最後まで認めなかったんですけど」


 幸也がキッチンで作業をしている間、2人はリビングで言われた通り寛いでいた。

 

 正確には明菜が奈留に今日の事に探りを入れようと躍起になっている状況なのだが。

 

「べ、別に大したことはしてないよ? ドリンクショップに行って、その後はゲームセンターに寄って、お買い物して帰ってきたの、初めてのことばかりで楽しかったけど……」

「嘘、なんですね?」

「!?」

「奈留さん、自分では気づいてないかもしれませんけど、オーラが違います、何か、あったんですね?」


 明菜の女の勘が告げている、これは何かあった女の顔をしていると。

 

「もしお兄ちゃんに何か無理やりされたんなら言ってください、私が責任をもって始末させていただきますので」

「始末って何!? そもそも私たち本当に健全なデートを楽しんできただけで――」

「嘘だ! 奈留さんからいつもは感じないピンク色の波動を感じますもん!」

「ぴ、ピンクの波動?」


 奈留からしたら全く意味がわからなかったが、実際2人の仲は(奈留的には)進展したので明菜の勘は冴えていると言わざるを得ない。

 

「正直にお答えください、将来の小姑を信じて、さあ!」

「気が早すぎるよ! わかったからちょっと声を抑えて、ね?」


 奈留がキッチンの方を確認すると、幸也は料理に夢中でこちらの様子に気づいてはいないようで、ホッと心を撫で下ろす。

 

 まだ短い付き合いだが、こうなった明菜は真実を話すまで解放してくれないだろうと察した奈留は本当の事を話すことを決めた。

 

「そのね、タピオカミルクティーを頼んだんだけど、それが、その、カップルストローが刺さっててね」

「ほう! それでそれで!」

「それで……してしまいました、間接キスを……」

「おお~! あの奥手なお兄ちゃんがよくぞそこまで! それでその後はどうしたんですか!?」

「? それだけだけど……」

「ええ……」


 奈留にとっては相当に勇気を出した行動だったのだが、明菜は何故か不満げだ。

 

「え、奈留さん、もしかしてそれで満足しちゃったんですか? モノホンのチューとかしてないんですか?」

「ちゅ、え!? キスなんてとても出来ないよ! そんなの私たちにはまだ早すぎるというか!」

「ええ~、私の友達なんて付き合ってすぐの彼氏と人目も憚らずにちゅっちゅちゅっちゅしてますよ? あ、なんか思い出したらムカムカしてきた……」

「明菜ちゃんまだ中学生だよね!? 嘘だと言って!」

「奈留さん、最近の中学生は進んでるんだよ?」


 自分も最近まではその「最近の中学生」のカテゴリーだったはずだが、奈留はジェネレーションギャップを感じずにはいられなかった。眩暈さえ覚えてしまいそうなほどだ。

 

 奈留が自分の歩みの遅さを嘆いていると明菜から追い打ちが掛かった。

 

「まぁあのお兄ちゃんと付き合ってるなら仕方ないかもしれないですけど、あんまりゆっくりしてると、そのぉなんだっけ……まんねり? になって自然消滅なんてことになりかねないのでは――」

「それは嫌だよ! 明菜ちゃん、私どうすればいいのかな!」

「う~ん、私も正直そんなに経験ないので具体的なアドバイスはちょっと……奈留さんにはそういうのに強そうな友達居ないんですか?」


 そんなにどころか1度も恋愛経験はないのだが、見栄を張ってしまった明菜であった。

 

 ちなみにもし今の発言を幸也が聞いていたら「何処の馬の骨だ!」と発狂していただろうが、最近買った電気圧力鍋に夢中でまったく聞いていなかった。惜しい。

 

「強そうな友達――それなら心当たりあるよ!」


 奈留には当てがあった、例のギャル3人衆である。

 

 時折奈留が顔を真っ赤にしてしまうような武勇伝を持つ彼女たちなら、きっと良いアイディアをくれるに違いない。

 

 そう考えた奈留は帰宅次第RINEでアドバイスをもらうことに決める。

 

「明菜ちゃん、私なんとか頑張って幸也くんを篭絡させてみせるよ! だから応援してね!」

「もちろんです! 私も奈留さんがお家に居てくれた方が楽しいので、なるべく早くお嫁に来てくださいね」

「小姑のプレッシャーが激しい……」


 会話が途切れた丁度その時、調理を終えた幸也から声が掛かった。

 

「お~い明菜、料理出来上がったから運ぶの少し手伝ってくれ!」

「はいは~い! それじゃあ奈留さん、もうちょっとだけ待っててくださいね!」


 ウィンクを決め、親指を立てると明菜はキッチンへと消えていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸也くん、私はもう死んでも良いや……」

「奈留、開口一番なんてこと言うんだ」


 ビーフシチューを一口食べるや否や、物騒なことを言いだすので心中穏やかではいられない。


「幸せがね、怖いの、いつか私の手から逃げて行ってしまいそうで」

「ビーフシチューは逃げないから、ゆっくり食べていってね」


 大好物に当てられたのか、奈留が感動に打ち震えていた。

 

 実際初めて作った割には満足のいく出来だと自信を持って言える。

 

 流石に志乃さんには勝てないけどね。

 

 ちなみに志乃さんにレシピを聞いたところ「奈留が嫁に行くときに一緒に渡す」なんて言われてしまった。

 

 つまり俺にはもう永遠に手に入れらないということだ、ちくしょー。

 

 まるで最後の晩餐とでも言わんとばかりに泣きながらビーフシチューを食す奈留を、兄妹仲良く見守りながら、温かい食卓の時間は過ぎていった――

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