22話

 向かい合うようにテーブルに着いた俺と奈留、そして目の前には『俺を絶対殺す兵器』、またの名を『カップル専用特製ミルクティー』が鎮座している。

 

「ゆ、幸也くんからどうぞ?」

「いやいや、まずは奈留からどうぞ、ほら、憧れてたんだろ? タピオカ」

「それはそうだけど、ちょっと緊張しちゃうというかなんというかぁ」


 お互いに牽制し合う俺達だが、それも仕方ないだろう、本来はカップルがいちゃいちゃするためだけに作られたストローに今は殺意しか感じられない。

 

 恐らく奈留も同じことを思っているのだろう、流石に同時に飲むという選択肢はないわけで、どちらが先に口を付けるかで譲り合いの精神を発揮しているのだ。

 

 日本人に生まれなきゃ良かった。

 

 しかしずっとこうしているわけにはいかない、ブツの中身は永久に減っていかないし、このまま居座り続けたらお店の人や、他のお客さん達の迷惑になってしまう。

 

 いい加減覚悟を決めるときじゃないのか遠山幸也。心の中で気合を入れるとストローに口を付ける。

 

 パッと見では気づかなかったが、どうやら1本のストローではなく、2本のストローが巧みに絡みついている構造の様だ。

 

 しかし比較的小粒とはいえ、タピオカが通るくらい幅が広いせいか、結構な勢いで吸い込む必要がある。

 

 しかし飲み始めてしまえばいい感じにミルクティーのかさは下がっていった。量は多いが、この調子ならいずれは底も見えてくるだろう。

 

 味わう余裕がないのが残念だと思い始めた、そのときだった。

 

「あ! 幸也くん、1人で全部飲んじゃうなんてズルい!」

「っ!」


 あろうことか、奈留もストローに口を付けてしまった。

 

 驚いた俺は口を放したかったが、急に放してしまえば噴き出してしまいそうで、出来ない。

 

 周りも賑やかだったはずだが、今の俺にはズゾゾッというミルクティーを吸い込み続ける音しか聞こえてこない。

 

 ある程度堪能・・したのか、奈留が口を放したのを確認して俺も口を遠ざけた。

 

 お互い顔を伏せて黙り込んでしまう、この空気どうすればいいんだ。

 

 なんと声を掛けるべきか模索していると、奈留に先手を打たれてしまった。

 

「……しちゃったね、間接キス」

「ハ、ハイ……」


 見れば奈留の目は潤み、頬は紅潮している、この表情には見覚えがあった。

 

 そう、あの告白の時の顔だ、つまり今、彼女は――

 

 ――めっちゃ怒ってらっしゃるぅぅぅ!?

 

 間違いなくキレてる、こんなことを考えたギャル達にか、奴らの策略にまんまとハマった俺にか、それはわからない。

 

 だが奈留がこの世の理不尽に対して宣戦布告しているようで、怖い、座ってなかったら足が震えて立ってられなかったかもしれない。

 

 好きな女の子との間接キスなのに、まったく違う意味でドキドキしてしまう、表面上は穏やかに振舞う奈留だが、やはりその心の闇は相当に深いようだ。

 

 ――好きな、女の子?

 

 ああ、そうか、好きなのか、俺は。

 

 もう俺は奈留に対して、「いいな」じゃなくて、好意を抱いてしまってるんだ。

 

 いや、気づいていたことじゃないか、もう奈留と離れたくないなんて、何度も思っていたことだ。

 

 ただ、言葉にしたくなかったんだ、「好き」だと、心の中でさえ言いたくなかったんだ。

 

 初恋が始まる前に終わるのが、嫌だったんだ。

 

「タピオカって初めて食べたけどモチモチしてて美味しいね……幸也くん、もしかして調子悪い?」

「っ! あ、ちが、そうじゃなくて、奈留が想像以上に大胆だから、びっくりしちゃってさ」

「ふふん、幸也くんを驚かせようと思ってずっと待っていたのでした! ……すごい恥ずかしかったけど」


 これが、キャル達に用意された台詞じゃなくて、奈留の本音だったなら、泣いて喜ぶんだけどな。

 

 こんな事、早く終わって欲しいのに、心のどこかで、一生終わらないで欲しいなんて、思ってしまう。

 

 どんなに偽りの関係だって、頭では理解していても、心は誤魔化されてくれなかった。

 

「さ、続き飲んでみよ、今度は私からね」

「――ああ、そうだね」


 奈留に急かされて飲んだミルクティーは、最初に飲んだ時よりずっと甘くて、それなのに、何故か甘酸っぱくて、それを隠してしまうくらい、しょっぱい味がした――

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