21話

「奈留が来たかったところって……ここ?」

「そう! 花ちゃんが事あるごとに自慢してくるから1度来てみたかったんだ!」


 俺たちが今居るのは駅前のドリンクショップ、もっとはっきり言うとタピオカ・・・・屋さんだ。

 

 都会にはうじゃうじゃ乱立していると噂のタピオカ店だが、うちのような田舎には駅前の1店舗しか存在しない。

 

 開店してまだ間もないはずだがかなりの行列が出来上がっている。

 

「何処に連れていかれるんだって冷や冷やしてたけど、別にここなら隠すようなことなかったんじゃないか?」

「え? だって花ちゃんが、そのぉ、ぱりぴ・・・? しか来ちゃダメなお店って言ってたから、1人だと心細くて」


 あのギャル一体どんな説明をしたんだ。

 

「そんなことないぞ、まぁそういう雰囲気が全くないわけじゃないけど、誰が来たって問題ないぞ」

「そうなの!? 花ちゃん、『彼氏も居ないようじゃタピオカは嗜めない』って言ってたのに……」


 タピオカはそんなに高尚な存在ではないです。

 

 でもそれなら納得だ、一応名義上は彼氏ってことになってる俺を連れてくれば良いと考えたわけだ。

 

 それが俺じゃなければもっと良かったし、そもそも1人で来ても何の問題もなかったんだけどな。

 

 むしろこういう店は奈留みたいな可愛い子は大歓迎だろう、むしろこのピカピカ行列に俺みたいな不純物が混じるほうがよっぽどダメだと思う。つれぇ。

 

 まだなんとなく尻込みしている奈留の手を引き、ともかく俺たちは行列に並ぶことに。

 

 相当な人数が並んでいるように見えたが、店員の手際が良すぎるせいでガンガン人が捌かれていく。

 

 2人でメニューを決める間もなく、俺たちの番が回ってきてしまった。

 

「いらっしゃいませ! 注文はお決まりですか?」

「ゆ、幸也くんにお任せします!」

「丸投げ!? ええと、ちなみにオススメってなんですか?」

「そうですねぇ……カップルの方限定の特製タピオカミルクティーがありますが、そちらはいかがですか?」

「カップル……限定……あの、すいませんが他には――」

「お安いですよ」

「じゃあそれで」


 高校生のお財布事情はさもしいのだ。

 

 それにああでもない、こうでもないとメニューを決めていると後ろに並んでいる方達に悪いしな。

 

 日本人特有の譲り合いの精神ってやつだな。知らんけど。

 

「それでは、お2人分合わせて、1000円になります」

「じゃあ丁度で」


 値段を聞いた奈留がカバンに手を入れるより先に財布を取り出し会計を済ませてしまう。

 

「あ、幸也くんありがと、後で半分払うね?」

「平気だよ、試験勉強頑張ったご褒美ってことで」


 正直高い物でもないし、ここで男の甲斐性を見せておかないと流石に格好がつかない。

 

 まぁこれ以外にも何か『ご褒美』を用意したいところだけど、流石に実質500円分じゃなんだしな。

 

 ……最近奈留のことばっかだな、俺。

 

 レシートを受け取るとほぼ同時に他の店員が注文の品を持ってきてくれた、が、それを見て俺の背筋が凍り付いた。

 

 まずミルクティーの入った容器のサイズがでかい、一般的なものの倍くらいある、まぁそれは良い。

 

 問題はそれに差し込まれたストローだ、所謂カップルストローと呼ばれる、吸い込み口が2つあるストローだ、そう、つまりそういうこと・・・・・・・・・だ。

 

 ――しまったあああああああああああ! やらかしたあああああああああああああああああああああああああ!!

 

「それではあちらにイートインスペースがございますので、ゆっくりお楽しみ・・・・くださいね」

「はい! 行こう幸也くん……ん、どうかしたの?」


 まずい! これはまずいことになった! そもそも田中に言われて来たという時点で気付くべきだったんだ!

 

 恐らく田中達はこれの存在を知っていて、優柔不断な俺が店員に任せてしまうことを想定していたのだ! 

 

 なんという慧眼、なんという予知能力、もう怖いとかそういう次元ではない、こんなの人間業じゃない!

 

 っ! まさか今も何処かで見ているのか!? 向かいのファミレスか!? それともビルの屋上から双眼鏡で覗いてるのか!? 出て来い卑怯者!

 

「……ていっ!」

「あ痛ぇ!」


 奴らの気配を探るのに必死だった俺の脳天に奈留のチョップが突き刺さる。

 

 小さく頬を膨らませ睨みつけてくる奈留、おこなの? かわいい。

 

「幸也くん突然ボーっとしてどうしたの? 早くこれ飲んでみようよ」


 見れば既に奈留の手の中には『俺を絶対殺す兵器』が収まってしまっている、え、飲むのこれ。

 

「な、奈留は大丈夫なのか? 無理しなくてもいいんだぞ、ほら、もう1回並んで別のを買ってきても――」


 あ、ダメだ、気づかない内に列が最初の10倍くらいに膨れ上がってる。

 

 アレに並び直したら日が暮れそうだ、比喩でもなんでもなく。

 

「それは、少し恥ずかしいけど、でも幸也くんとなら別に――」


 なんということだ、ついに奈留の心が壊れてしまったらしい。普通こんな男と間接キス強制されたら発狂してしまわないか。

 

 いや、もしかしたら奈留的には間接キスくらいノーカンなのかもしれない、なんたって間接だもんな、間接。

 

 うん、そういうことにしよう。

 

 無理やり納得した俺は他のお客さんの邪魔にならないように、イートインスペースを目指すのであった――

 

 

 

 

 

 

 まぁ、5秒で着いたけどね。

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