19話

 明菜ミイラ事件から早いことでもう10日が過ぎようとしていた、その間俺と奈留はほとんど毎日仲良く試験勉強に身を捧げていた。

 

 流石に初日のインパクトが強かったせいで俺の家は嫌がるかと思ったが、結局放課後どころか休日まで俺の部屋で一緒に過ごしていた。

 

 まぁお互い勉強してるだけなんだから当然変な事も起きることもなく、何事もない毎日が過ぎていった。

 

 そう、何事も無いのだ。俺は試験期間中にネタバラシをすることで精神的ダメージを与え、俺の成績をどん底に突き落としにかかってくると思っていたのだが……

 

 既に告白から2週間、未だにギャル達に動きは見えない、一体いつまで続けるつもりなんだ。

 

 もしかしたら、俺が奈留に依存仕切るのを待っているのかもしれない、実際今本当に恐ろしいのは奈留と離れ離れになってしまう事なのは事実なのだ。

 

 クラスのはみ出し者がどの身分で言ってるんだと思われそうだが、もはや奈留と一緒に居ることが日常になりつつある現状は、はっきり言って『役得』だなんて思い始めてしまう自分が居て、そんな自分のことが嫌いになりそうだった。

 

 そんなわけで今日、定期考査の順位が張り出される日だ、俺は思った以上に手ごたえがあったが、奈留は日本史が終わった後にどこか遠くを眺めていて結果を少し察してしまった、かなり頑張ったと思うんだけどな。

 

 登校してすぐだが既に結果は掲示板に張り出されていた、俺たちは人混みの隙間を縫うように結果を覗き込む。

 

 結果は、俺が4位、そして、奈留が10位だった。

 

「や、やったぁ! 私、頑張ったよ! もう源頼朝のこと、忘れてもいいよね!」

「受験シーズンでもう1度覚えなきゃいけないからダメです」

「幸也くん、世界はどうして私に残酷なのかな」


 今くらいは夢を見せてあげた方が良かったかもしれない。

 

 それにしても正直この結果は予想外だ、俺も想像以上に良かったが、奈留は一気に学年トップに食い込んだのだ、きっと勉強会の後も家で相当な量の勉強をしたのだろう。

 

 何が彼女をそこまで駆り立てたのかと不思議だったが、その答えはすぐに奈留に教えてもらうことになった。

 

「そうだ! 幸也くん、私が10位以内に入ったらなんでもお願い聞いてくれるって言ってたよね!」

「あ、ああ……そういえばそんなこと言った気がする」

「気がするじゃなくて言ってたよ! ふっふっふ、何をお願いしちゃおうかなぁ」


 記憶を引っ張り出すと、確かにお願いを聞いてあげる約束をしていたことを思い出した、なんでも・・・・とは言ってなかったと思うけど。

 

 何かご機嫌に夢想している奈留を優しくリードしながら教室に辿り着くと、そこにはゾンビのような顔で黄昏ている服部君の姿があった。

 

「やぁ、遠山君、佐伯さん、おはよう、今日も仲が良いみたいでよきかなよきかな」

「は、服部君? どうしたの? なんか、こう、変だよ?」


 珍しく奈留が顔を引き攣らせている、どうしたんだ服部君、忍者魂は何処へ行ってしまったんだ。

 

「服部君、まさかテスト結果が相当酷かったとか?」

「いえ、そちらはいつも通りだったのですが、昨日、ふふふ、ガチャでやってしまいましてね」


 ああ、そっちか、俺は納得してしまう。

 

 服部君の遊んでいるソシャゲは所謂『天井』が設定されていないため、それこそ10万単位でお金をつぎ込んでもお目当てのキャラが手に入らないなんてことが起こり得る。

 

 前に同じようなことがあった時は電話越しにガチ泣きしていたが、今回はそれよりも重症の気配を感じる。

 

「ちなみに聞いて良いのかわかんないけど、具体的に幾らつぎ込んだんだ?」

「ああ、まぁ、ざっと20万ってところかな、はは、失うものがなくなると、人間って何も怖くなくなるんだね」

「良く知らないけどゲームってお金かかるんだねぇ……へ、20万円!?」


 奈留が驚きのあまり声を裏返して叫んでしまった、流石にお嬢様と言えど金銭感覚はまともみたいだ。

 

 いや、冷静に考えて20万が電子の海に消えるって相当だけどな、俺だったら奈留にプレゼントの1つでも買ってあげたいものだが。

 

 ……しまった、またも彼氏みたいなことを考えてしまった。いましめなければ、奈留にフラれたときに正気でいられなくなりそうだ。

 

 はてさてどうやって服部君を慰めようか考えていると、そこにギャル3人衆の一角、佐藤から追い打ちがかかった。

 

「もしかして服部がやってるのって『ドラファン』?」

「ああ、佐藤さんもやってたんですね、そう、期間限定のバハムートがね、全然出なくてね……佐藤さんはガチャ回したのですか?」

「バハムートならウチ、昨日の無料単発で引いたけど」

「は? お前ぶち殺すぞ?」


 服部君が殺意を剥き出しにしている間に怖がっている奈留共々その場から離脱した、出来れば今はギャルと関わり合いになりたくないしな。

 

 お互いの席まで移動すると、奈留が控えめに袖を引っ張って来た。

 

「ねぇ幸也くん、早速なんだけど、私のお願い、聞いてもらっても良い?」

「ああ、それは良いけど、それこそ高い物買って欲しいとかは無理だからな?」

「服部君じゃないんだからそんなこと言わないよ……あのね、土曜日、というか明日ね、私と一緒に行って欲しいところがあるの」

「そ、それはすなわち――」


 おデート、って言うやつではないだろうか。

 

 まぁ待て、落ち着きなさい幸也君、まだ何処に行くとも言ってないではないか、早とちりはいけませんよ。

 

「こんなこと幸也くんに頼むのは忍びないんだけど、でもどうしてもしたいことがあって」

「ど、どうしても? それは一体――」

「それはその……秘密! とにかく明日のお昼、1時に迎えに行くからね! 他に予定入れないでね! あと気持ち早目にお昼は済ませておいてください!」

「お、おう」


 言われなくとも、今の俺には奈留より優先することなどないというのに、いじらしい子だ。

 

 ……駄目だ、もう奈留無しでは生きていけないかもしれない、無意識の内にギャル達の掌の上で踊らされてしまっている、悔しい。

 

 心の中で砂を噛み噛みしていると始業のチャイムが鳴った、結局この日は奈留のお願いの内容はわからず、悶々とした1日を過ごすことになるのであった――

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