17話

「先ほどは2人の邪魔をしてしまい、誠に申し訳ございません……」

「い、いいの明菜ちゃん、頭を上げて、ね?」


 あの前髪たくし上げ事件の後、流石に勉強を継続出来るわけもなく、丁度奈留の門限が近づいてきたこともあって今日は解散の流れとなった。

 

 送っていくため2人で階段を降りると、明菜が玄関前で土下座の構えを取っており、現在に至る。

 

「いえ、この妹、将来の義姉の願いとあらば腹を切る所存でございます……」

「そんなに自分を追い詰めないで! 幸也くんも何とか言ってあげて!」

「明菜には良くあることだから、気にしなくていいぞ」


 というか未来の義姉って気が早すぎる……間違えた、そんな未来は訪れないというのに、明菜からしたら一応兄の逢瀬・・を邪魔したと責任を感じているのだろう、実際はそんなことないし、むしろ助かったまである。

 

 まぁ、悔しいからあえて言わないけどね!

 

「それじゃあ俺は奈留を送ってくるから、夕飯はもう少し待っててな」

「え~……でもまぁそれなら仕方なし、ちなみにメニューはなんですか料理長」

「昨日のカレーの残りでカレーうどんだ、いつものパターンで悪いな」

「お~! あの絶品カレーうどんがまた食べられるとは、これはおやつを我慢せねば……あそうだ、奈留さんも食べて行ったらどうかな?」

「絶品カレーうどん……正直気になるけど、今日は母が好物を作って待っているから――」

「そっか~、奈留さんにもお兄ちゃんの手料理食べてほしかったなぁ、きっと気に入ると思うんだけど」

「うん、大丈夫、もう舌に覚え込まされたから……」


 またも奈留の目から光が消えてしまう、なんか俺の料理がトラウマになってるっぽくて悲しい。

 

 とにもかくにも奈留を送っていくことに。と言っても5分くらいで件のマンションに辿り着くので大した距離ではない。

 

 それでも手繋ぎを所望してくる奈留が可愛らしいと感じるとともに、そこまでしなくてもいいのではないかと不憫に思ってしまう。

 

 そういえば奈留はさっきの件は気にしていないのだろうか、もしかしたら蒸し返されるのが嫌で黙っているだけなのかもしれないが、ちゃんと謝っておかねばなるまい。

 

「その、さっきは突然触ってごめん、信じてもらえないかもしれないけど完全に無意識だったんだ、だからその――」

「べ、別に謝らなくていいよ! ちょっと驚いたけど、その、少し嬉しかったというか、なんというか……」


 やはり後半部分が聞き取りづらい、小説の難聴系主人公にイライラしたことがあったが、いざ実際にこと・・が起こると聞き返すのも失礼だし、結局流さざるを得ない。

 

 まぁあまり気にしていないみたいだから、よしとしよう。

 

 そうこうしているうちにマンション前に到着した。まだ2回目だが奈留を送り届けることに何の違和感も覚えなくなってきているのが、なんだか不思議だった。

 

「それじゃあ日本史の復習がんばってな」

「幸せの余韻に浸っているところに現実を叩きつけてくるのはやめて欲しかったなぁ……」


 それじゃあね、と奈留が手を放そうとしたそのとき、事件が起きた。

 

「な、奈留、あなたやっぱり――」

「っ! マ――お、母さん……」


 俺たちの背後から掛けられた声、それに振り向くと、どこか奈留と似た雰囲気を醸した、中年の女性が買いもの袋片手に立ち尽くしていた、奈留の口ぶりからして母親なのは間違いないだろう。

 

「え、えっと、お母さん、この方は私のクラスメートで――」

「奈留は黙っていなさい、それで、貴方は奈留とお付き合いをしているのかしら?」


 ここに来て究極の質問だ、まずい、表面上は付き合っていることになっているが、だからと言って「付き合っている」と言ってしまっても良いのだろうか。

 

 ふと奈留を見れば、生まれたての小鹿のように震えている、勉強会のときも母親の事を気にしていたし、もしかしたらかなり厳しく育てられているのかもしれない、だとするなら男と付き合っていることがバレてしまうのは問題なのではないか。

 

 とはいえ、間違いなく手を繋いでここまで歩いてきた状況を既に見られている以上、下手な言い訳は不信感を煽るだけかもしれない、考えている時間もなかったので、俺は賭けに出ることにした。

 

「はい、奈留とお付き合いをさせていただいております、遠山幸也と申します」

「――そうですか……あなた、いえ、遠山さん、これから少し時間はありますか?」


 お話をしましょう、とマンションの入り口に誘導される、断りを入れられるような雰囲気でもなく、俺は流されるままに、奈留の自宅へと招かれることになった――

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