16話

「じゃあ次、源頼朝の死後、その子供の補佐をしていた人物の名前は?」

「ほ、ほ、北条! 時政!」

「惜しい、北条政子な」

「先生、物覚えの悪い生徒で本当にごめんなさい……」


 自室で勉強会を始めて早1時間、一番苦手と言っていた日本史を見てあげているが、なるほど、これは重症だ。

 

 最初に断っておくと奈留の記憶力はそんなに悪くない、しかし歴史をエピソードで読む力が弱いみたいだ。

 

 穴埋め問題になるとこんがらがってしまうのか、正答率が途端に悪くなる。

 

「でもちゃんと人物の名前とか年表は覚えられているんだから、焦らずやっていこう」

「うう、幸也くんの優しさが眩しい……」


 人並な発言でこうも神聖視されるとちょっと困る。

 

 しかし思いのほか勉強は順調だ、最初こそお互いの醸し出す空気はガチガチだったが、ノートを開いてしまえば霧散してしまっていた。

 

 これがまだ学校であればギャルの気配に過敏になっていたかもしれないが、家という安心できる空間という事実が、2人っきりという現実から目を背けるのに役立ってくれていた。

 

 ともかく俺は俺で授業内容の復習をしつつ、奈留が赤点にならない範囲で基礎を叩き込んでいく。

 

 正直今まで赤点など意識したことすらなかったが、現状の奈留を見ているとまさか・・・の事態が起こり得そうで怖かった。

 

「そもそも奈留って全教科の平均点どれくらいなんだ? 点で言いたくないなら順位でも良いけど」

「う、それは……真ん中くらい……嘘です真ん中よりちょっと下くらいです……」

「そうなのか? だったら流石に赤点はないんじゃ――」

「私も! 私も前回まではそう思ってたの! でも前回日本史で31点取っちゃって! ママから赤点取ったら即塾通いって脅されてるんだもん! 必死にもなるよ!」

「お、おう、わかったから、な? 北条泰時が1232年に制定したのは?」

「御成敗式目……」


 うむ、ちゃんと覚えてきているみたいで先生嬉しい。というか奈留ってお母さんのことママって言うのか、可愛いな。

 

「でも幸也くんのおかげで今回はなんとかなりそうです……なんと感謝して良いことやら」

「まだ試験始まっても居ないのにそんなこと言わない、それにどうせなら学年上位目指してみてもいいんじゃない?」

「幸也くん、鳥さんにはね、地を這う兎さんの気持ちはわからないんだよ」

「ごめん、詩的過ぎて良くわかんないや」


 要するに勉強が出来る人間の戯言たわごとだと流されているのだろうか。

 

 簡単なことだとは言いたくないけど、コツさえ掴めば点数を取ることはそう大変なことじゃないんだけどな。

 

 しかし本人のやる気がなければ難しいことに違いはない、別に無理にやらせる必要もないと思うが。

 

 伸びしろが有りそうなだけにとても惜しい。

 

「じゃあなんかご褒美でもあれば奈留もやる気出たりするんじゃないか?」


 単純な話だ、例えば成績が上がれば小遣いが増えるとか、欲しい物を買ってもらえるとか。

 

 そういうことを親に相談してみるのも良いんじゃないかと提案しようとしたが、そこでまたも奈留からとんでもない発言が飛び出した。

 

「! それはつまり、テストで良い点を取れば幸也くんがご褒美をくれるというわけですか!」

「え、いやそれは……まぁ俺に出来る範囲の事なら別にいいけど――そうだな、1つだけお願いを聞く、とかか?」

「なら私、頑張ります! 確実に幸也くんの期待に応えてみせます!」

「お! それじゃあ10位以内目指すってことで良いんだな?」

「……もう少しお手柔らかにお願いできませんでしょうか?」

「ダメです」

「(´;ω;`)」


 そんな顔してもダメなものはダメです。

 

 まぁ実際は10位に食い込めなくてもよっぽどの事じゃなければお願いを聞いてあげる予定だが、目標を下げるとそれだけ努力の質が下がるからな。

 

 というか俺のご褒美に何の期待をしているというのだ、しかもかなり本気にさせてしまった雰囲気あるし。

 

 なんだろう、奈留はもはやこの遊びに楽しみを見出してしまったのかもしれない、案外純情な男子の心を弄ぶのが楽しいとか。

 

 ないよな、奈留に限ってそれは……

 

 まさかこれすらもギャル達のシナリオ・・・・の内じゃないだろうな? そこまで読まれていたらもう超能力の域だ。

 

 そんなことを思いながら奈留の表情の変化を楽しんでいる時、ふと気づくことがあった。

 

「なぁ、奈留って前髪かなり長いけど、邪魔じゃないのか? 眼鏡もあるし勉強の時とか鬱陶しく思いそうだけど」

「え、うーんどうかな、昔からずっとこんな感じだし慣れちゃったのかも。短いと視界が広すぎて落ち着かないというか――」


 癖なのか、頬を掻きながら照れたように伝える奈留に少し近づく、俺は自然な仕草で奈留の前髪をかきあげた・・・・・

 

「でも俺は、短い方が可愛いと思うけど――」


 普段よりも良く見えるようになった、奈留の大きく見開いた瞳を覗いて、我に返る。

 

 ――俺、何をやってるんだ?

 

 どうしてこんなことをしてしまったのか自分でもわからない、しかし流石に女の子の髪を無断で触るなど失礼の極みだ。

 

 慌てて手を放そうとした俺だが、突如部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「お兄ちゃん! お腹空いたんだけど、今日もまたサボ――」


 どうしていつもはドタバタ帰ってくるのに今日は静かなんだとか、部屋はノックしてから入れとか言いたかった。

 

 だが今は何故このタイミングで入ってきてしまったのかと、間の悪さを呪わざるを得ない。

 

「あの、その、しつれいしました……」


 入ってきたときとは真逆に静かに扉を閉める明菜。

 

 残された俺たちの間には、しばらく気まずい空気が流れ続けることになった――

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