13話

「では罰ゲームで佐伯嬢と付き合い始めたという事でござるか? そんな漫画みたいな話、拙者信じられんでござるよ」

「信じられないのは俺もだよ、でもそうとしか考えられないじゃないか」

「う~ん、あのギャ――お嬢さん方も、拙者には悪い方の様には見えんでござるし、少し飛躍し過ぎではござらんか?」

「俺も昨日まではそう思ってたよ……ともかく信じる信じないは別として、とりあえず承知しておいて欲しいんだ」

「了解でござるよ~、それでは拙者、これより『いべんと』任務があります故、これにて御免!」

「うん、変な事で電話してごめんな」

「なんのなんの、遠山殿の悩みとあれば、拙者はいつでもうぇるかむでござる! それでは」


 電話を切ると俺は1つため息を落とした、結局俺は服部君には全て話すことに決めたのだ、巻き込んでしまったのは申し訳ないが、協力者、もとい心の支えが必要だと、今日1日を通して深く理解したからだ。

 

 あの屋上の1件のあと、教室に戻った俺に鋭い視線があちこちから突き刺さった、原因は目を赤く腫らした奈留であることは間違いないだろう。

 

 特に田中一味の殺意のこもった視線を受け悲鳴が出そうになった、自分達の計画通りに動かない俺に対して激しい怒りを覚えていたのだろう。

 

 しかしそれは俺だって同じだ、睨み返すことまでは出来なかったが、いつか必ず報いを受けさせてやると心に刻み、俺は奈留のもとに向かった。

 

 とはいえ話しかけても奈留の反応は薄い、俺はどうやら失望されてしまったみたいだ。

 

 さらに放課後になると俺を避けるように帰ってしまった奈留のことを思い出すと、枯れたと思った涙がまた溢れてきそうになる。

 

 その後は1人寂しくコンビニに寄って、明菜用の雑誌を買って俺は家に帰ってきた。

 

 たった1日の経験だが、彼女が隣にいないことが、こんなに寂しいことだとは思いもしなかった。

 

 ある意味で罰ゲームが有効に俺にダメージを与えているという事実もまた、俺の心を深く抉った。

 

 そして今、昨日と同じ失敗はするまいと夕食の支度に取り掛かっていた、とはいえあまり精神状態がよろしくないので凝ったものを作る気力は無く、無難にカレーを作っていく。

 

 そうこうしているうちに元気な声が玄関から聞こえてきた。

 

「たっだいま~! 今日大変だったよ~、朝練遅刻だし、部長には怒られるし……」

「おかえり明菜、テーブルの上にマンデー置いてあるぞ」

「おお~! お兄ちゃん大好き! 愛してる!」

「はいはい、もう少しでカレー出来るから、それまでそれ読んで待っててくれよ」

「オッケーマンボ!」


 妹よ、お前もか、それ一体どこで流行ってるんだよ。

 

「あれ?お兄ちゃん、その食器洗いに置いてある奴なに?」


 目聡い妹はすぐに『それ』に気づいたようだ、今日は返すことが叶わなかったお弁当箱。

 

「はっは~ん、妹わかりました! 奈留さんの手作りを戴いたんですな!」

「!? おまえ、どうしてそれを――」

「お兄ちゃんが洗面所にいる間に根掘り葉掘り聞きました!」


 なんということだ、既に明菜にまでバレているとは……いや冷静に考えれば問題はないか、どうせしばらくすれば俺がこっぴどく・・・・・フラれて別れることになるのだから、罰ゲームの事さえバレなければそれでいい。

 

「それでどうでしたかな、愛しの彼女のまごころ手料理は!」

「すごく……毒創的どくそうてきでした」


 あの卵焼きの衝撃を忘れるにはあと10年は必要だろう。

 

 しかし、今にして思えば卵焼き以外は割と普通であったことが不思議である。

 

 いや、特別美味しかったかと言われれば首を振らざるを得ないのだが、普通に考えて全て『外れ』にしておいた方が良かったんじゃないのか、向こうの考えを理解出来るとは思えないが、それだけがどうしても引っかかった。

 

 まぁきっとそこには何か意味があるのだろう。深く考えず、悪の思想に囚われないように無心でカレー鍋をかき混ぜる。

 

 しばらく混ぜているとポケットのスマホに着信が入る、大抵の場合母さんなので、俺は特に発信者の名前を見ずに通話ボタンを押した。

 

「はい、もしも――」

「幸也くん今日はごめんなさい! 次は頑張るから見限らないでください! もう手繋ぎとか強制しないから見捨てないでくださいぃ!」

「!? え、奈留!? ちょ、ちょっと落ち着いて!」

「リベンジの機会を何卒! 何卒私に!」

「わかったから! ね、少し待って! 明菜! カレー頼んだ!」


 背後から妹の不満げな非難を受けるが今はそれどころではない、俺はリビングを抜け階段を駆け上がると自分の部屋に転がり込んだ――

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