12話

 その日の放課後、奈留は自室で後悔に身を焦がしていた、昨日同様ベッドに身を投げぬいぐるみを胸に抱いているが、その感情の伺えない視線は天井をあちこち彷徨い続けていた。

 

 あの後、教室に帰った奈留は田中たちに何事かと囲まれ、洗いざらい吐かされそうになったが、その場では自分が悪かったとだけ伝え詳細は胸に閉じ込めた、時間差で戻ってきた幸也を田中と、何故かわからないが一部の男子が睨みつけていたのが印象深い。

 

 これで幸也が悪者扱いされないかが心配であった。やはり妙なところで両想いは加速しているようだ。

 

 当の幸也も午後の授業が始まる直前に話しかけたが、あんなことがあった後ではなんと答えていいか分からず黙り込んでしまい、奈留は放課後になると呼び止める彼の手をすり抜けるように教室から逃げ出してしまった。

 

 そして急ぎ足で家に着き、自室に入ると食べることを忘れていた弁当の存在を思い出した奈留は、問題の卵焼きを一口食べてみると衝撃を受けた。

 

 本当に不味いのだ、咀嚼できないくらい不味い。思わず吐き出してしまった奈留は申し訳なさで胸が張り裂けそうになった。

 

 練習の時はあれだけ上手くいったのに、どうしてこんなものが出来てしまったのか、奈留自身わからない。

 

 しかし幸也は開口一番「まずい」と言っていた、ということはこれを食べたという事で、しかも吐き出さずに、完食してくれたのだ。

 

 そしてあえて嘘を吐かず、真摯に対応してくれたのだ。自分を傷つけないように「美味しい」と言う事もできたかもしれないのに。

 

 その事実が嬉しく、切ない。

 

(私が調子に乗らなければ、幸也君、服部君と一緒に楽しくお昼出来たのかな)


 奈留は浮かれ切っていた自分を呪った。油断していたのだ、なんでも受け入れてくれる彼に甘えていたのだと。

 

 そして自分の要望だけを押し通した結果がこれだ、表情には出さない幸也だが、嫌なことの1つや2つあったのだろう、それでも自分の我儘に付き合ってくれた彼のことが愛おしく、悔しさで目の前が滲んでいく。

 

(恋愛って、もっと簡単だと思ってた、楽しくて、ふわふわしてて)


 ついに奈留の瞳から涙が零れ墜ちた、拭っても拭っても止まることはなく、流れ落ちた雫がベッドにシミを作った。

 

 胸が詰まり、息も絶え絶えだ、しかし声を上げて泣くことは許されない。

 

 昨日は昨日で恥ずかしかったが、こんなところ母親に見られるわけにはいかないのだ、もし見られたら全てを晒すまで解放されないだろう。

 

 そうしたら、幸也と付き合っていることもバレてしまう、あの子煩悩な母に知られたらと思うと、死より恐ろしい。

 

 そのとき、ベッドに投げ出していたスマホが鳴った、震える指先で手に取ればRINEの通知が来ていたようだ。

 

 ――奈留っちさぁ、もしかしてゆっきーに酷いこと言われたりしたん? いやむしろそうとしか思えん。

 ――そうならウチら、もうあいつのことシメるしかないんだけど。

 ――やっばーい☆

 

 相手は仲良し3人組だ、これには慌てる奈留であった。3人のことは良く知っているので、本気で幸也に手を挙げるとは思えないが、諍いの種火は早めに消火しておかなければならない。

 

 なんとか誤解を解いていく。最初は信じていなかった田中たちだが、一応は折れてくれたのか幸也へのヘイトは大分収まったようだ。

 

 むしろ最後には幸也の男気を少々感じている節まで感じたので、ひとまず大丈夫だろう。

 

 3人とのやり取りで心を落ち着かせた奈留だが、問題は何も解決していないことに気づき、肩を落としてしまった。

 

(嫌われちゃったかな、重い女だって思われたかな)


 呆れられてしまったのではないか、疎まれたりしないよね、奈留の頭の中ではネガティブな想像がぐるぐると回り続けている。

 

(でも、このまま終わるなんてヤダ!)


 幸也のことだ、明日からも表面上は自分に付き合ってくれると信じているが、しかし自分の評価もまた地の底まで落ち切ったと信じ込んでいる奈留であった。

 

 実際はそんな心配1ミリもする必要はないのであるが。幸也も相当だが奈留も大概である。


 奈留は思考を振り払いスマホを操作し、RINEのトーク一覧からその名前を開いた。

 

 ――『遠山幸也』。

 

 そして通話開始ボタンを押し――押し――押せない。

 

(うぅ、なんて話しかけたらいいかわかんない、こわい)


 付き合うことが決まってからは積極的な奈留だが、本来の気質は1人では告白も出来ないくらい内気な性格なのだ。

 

 もし幸也から「やっぱり別れよう」と告げられたらと思うと、指が動いてくれなかった。

 

 最終的に奈留が通話ボタンを押すまでに、たっぷり1時間もかかることになったのであった――

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