11話
神様、もう何も言いません。ただ、最後に1つだけ教えていただけないでしょうか。
――俺は今、何を食べさせられているのですか?
おかしい、俺は卵焼きをあ~んしてもらったはずだ、目で追っていたから、それは間違いない。
でも今俺の口の中にある、この気が狂いそうなほど甘ったるい、まるで砂糖の塊をそのまま食べているような、これは何だ。
もしかして、俺が知らないだけでこれが卵焼きなのかな? いや、違う、違うな、卵焼きはもっと、ふわ~ってしてるもんな! じゃあこれなんなんだよ!
どうしよう、死ぬほど美味しくない。これは不味い、
当の奈留は不安げにこちらを見つめていた、どうすればいいんだ、何か答えてあげたいが、全然喉を通ってくれない。
いっそ吐いてしまおうかとも思ったが、今まで人生で起こった楽しい記憶を思い出し、その隙を突いてなんとか噛み、少しづつ胃に落としていく作業を開始した。
あまりにも辛かったが、なんとか口の中のブツは減っていった。
「どう、かな? 美味しく出来たとおもうんだけど」
美味しくない、即答したかった。
しかし考えろ幸也、考えるんだ、この人畜無害を絵に描いたような女の子があんなもの普通作るわけないじゃないか、そう考えたら答えは1つ、そうだろう?
そう、間違いなく田中たちの仕業に違いない! 恐らくこれも俺への罰ゲームの1つなのだ、奈留は脅されて、わざと作ったに違いないではないか、どうやって作ったか全然わかんないけど!
しかしこれはどうすればいいんだ。素直に不味いと言ってしまっていいのか? これ以上食べたらお腹壊すような気配も感じるし、ここでストップしておかないと午後の授業に出れるかどうかも怪しい。
とはいえ奈留の目は明らかに「美味しいって言え」と言わんばかりに輝いている。
どうしてなんだ奈留、「美味しい」という言質も取って来いと脅されているのか?
そうか、そうだな、「美味しい」って言ってしまえばきっと明日も食べることになるもんな、田中たちも楽しいだろう、俺が今後毎日のように料理と呼べない何かを食べさせられる様は。
しかしこれはいくらなんでもやり過ぎだ、奈留を傷つけ、あまつ何の罪もない食材たちを粗末にするなど、あっていいはずがない。
俺は覚悟を決め、その一言を奈留に伝えた。
「うん、まずい」
「っ!」
もう少しマイルドな言い方があったかもしれないが、劇物を摂取させられた口が反逆を起こしていたためストレートな物言いになってしまった。体は正直である。
だが奈留だってわかっているに違いない、別に奈留が
これは事故だ、そう不幸な事故、奈留は望まない兵器を製造させられ、俺はそれの被害者、それだけだ。
しかしそれでもまだやらねばならないことが残っている、俺は拒絶反応を起こす自らの肉体に謝罪を告げた。
「そ、そっか、ごめんね、初めてだったから加減がわからなくて――って、幸也くん!?」
奈留が何か言っているが俺はそれどころではなかった、先ほどの卵焼き型毒物を自らの意思で口に運んだのだ。
うん、あまりにも不味い。
「幸也くんどうして!? 美味しくないなら残してもいいんだよ?」
「正直美味しくはないけど、奈留が俺のために作ってくれたものだからな。最後まで頂くよ」
「っ!な、なんで――」
そう、これは意地だった、
そこに申し訳なさと、そして初めて食べる女の子の手作りお弁当への嬉しさが交じり合い、この身が壊れようとこれだけは完食しようと決めた。
卵焼き
あっという間に完食してしまう。どうやら本命の爆弾は卵焼きに一点集中されていたようだ。
「ごちそうさまでした、何かお返ししないといけないな――」
結果的に無料でご馳走になったわけだから、近いうちに自分もお昼をご馳走しなければ等と思いながら、ふとさっきから大人しい奈留を見た俺は仰天することになった。
奈留が、泣いていたのだ。
声を押し殺して泣く彼女にどうすればいいのか分からない、しかし状況から見て俺が泣かせてしまったのは間違いないのだ、困ってしまった俺は眼鏡に触れないように奈留の涙を拭う。
すると、彼女が嗚咽を抑えながら喋り出した。
「ごめん、ごめんねっ! 私、調子に乗って、幸也くんの優しさに甘えてた、浮かれすぎてたっ」
「お、俺は別に優しくなんて――」
「優しいよ! だって、最初に食べたとき、幸也君、私になんて言おうか、ずっと悩んでたんでしょ?」
やはりわかっていたのか、しかしこれで確信した、やはり彼女はアレがヤバいものだと最初から知っていたのだ。
残しても良いとも言っていたから、きっと俺が卵焼きを食べたらそこでお昼を終了する予定だったのに、無理して食べてしまったせいで俺を余分に苦しめたと、慈愛の心を持つ彼女は自分のことを責めているのに違いない。
「私の所為で幸也くんのこと苦しめた、私がもっとちゃんとしてればこんなことには――」
「そ、そんなことないって! 全て俺が悪いんだ、奈留は何も悪くない!」
「ほら、やっぱり幸也君やさしいよ、でも今回は、私が悪いの」
ふらり、と立ち上がった奈留は持ってきたカバンを手に持つ。まだ涙に濡れているその顔には、ぎこちない笑みが浮かんでいた。
「幸也くん、ごめんね」
「奈留!」
止める間もなく、奈留は屋上から走り去って行ってしまった。
何事かと気づいた周りのカップル群からの痛い視線が刺さり、苦しい。残されたのは俺と、空っぽの弁当箱だけ。
もっと俺が上手くやれば、少なくとも泣かせることは無かったんじゃないかと、後悔の波が打ち寄せる。
こんなはずじゃなかった、彼女を傷つけるつもりなんてなかった、あのときなんて言えば正解だったのか、何度考えても答えが出ない。
結局昼休み終了のチャイムが鳴り響くまで、俺はその場から動くことが出来なかった――
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