10話
屋上に出た俺たちは早速とばかりに空いているベンチを探した。俺たちの通う高校は今のご時世珍しく屋上を開放しているので、昼休みはカップルのたまり場と化していた。
首尾よく空いていたベンチを見つけると、奈留がササっとベンチの汚れを拭きとっていた。
本当に気の利く良い子なのに、どうしてこんなに酷い目に合わされなければならないのかと、彼女の守護霊を恨んだ。いるかわかんないけど。
2人仲良く腰掛けると、奈留は持ってきていたカバンから小さな包みを取り出し、お目当ての中身を俺に差し出した。
「はいどうぞ! もしかしたら、お口に合わないかもしれないけど」
「き、恐縮です! それでは失礼して……」
何故か敬語になってしまった俺はお弁当のふたを開ける。その中身を見て俺はホッと心を撫で下ろした。
お弁当の半分は白米で埋められ2色のそぼろで彩られている。おかずも卵焼き、ハンバーグ、温野菜その他もろもろ、至って普通のお弁当だ、流石に中身にまで
よく考えればそれはそうだ、何せ作るのは奈留自身なのだ、俺の事を不憫に思い、ちゃんと食べられるものを作ってくれたのだろう。
彼女はやはり優しく、俺なんかと一緒に居てはいけない存在だと痛感した、尊い、しんどい。
「どう、かな? もしかして、何か嫌いなものが入ってた?」
「ううん! 違うんだ、とっても美味しそうで、その、感動に打ち震えてたんだ」
「そ、そこまで言われちゃうと、照れちゃう、なぁ、なんて」
少し考え込んでいた俺を不審に思ったのか、奈留が感想を求めてきた、概ね真実を述べたつもりだが、ちょっと大げさだったかもしれない、現に今奈留は恥ずかしそうに俯いてしまった。
俺が何か言う度こうなってる気がするし、俺はもう黙っていた方が良いのかもしれない。
使い捨てのお手拭きで手を拭うと俺は「いただきます」を告げる、しかしそこで奈留から待ったがかかった、嫌な予感しかしない。
「そのぉ、幸也くんが嫌じゃなければなんだけど、やってみたいことがあって」
「ま、まさか――」
「あの、あ~んを、してみたいな、って」
――ああ神よ、なぜこんなにも激しい怒りを向けられるのですか。
「やっぱり恥ずかしいよね……でも、1度でいいからどうしてもやってみたいの、ダメ、かな?」
なぜそのように上目遣いで「本当にしてみたい」と聞こえるような口調で囁くのだ、天使よ。
もちろん恥ずかしいに決まっている、しかし何度でも言うが奈留はもっと恥ずかしい想いを砂を噛むような気持ちで耐えているのだ、こんな冴えない男に弁当をこさえるだけでも屈辱的だというのに言うのに。
それをおくびにも出さない彼女に尊敬の念が生まれつつあった。
やらなければならない、男だろう、遠山幸也。
「奈留が構わないなら、俺は別に嫌じゃないよ」
「本当? ほんとに本当!?」
「もちろん、奈留みたいな可愛い子にしてもらえるなんて、俺は幸せ者だ」
「か、かわっ!?」
余計な事を滑らせた口を焼き切ってしまいたかった。
奈留は告白を受けた時と同じくらい真っ赤になっている、相当俺にお怒りのようだ、「調子にのってんじゃねぇですわよ」、と。
「そ、それじゃ早速――幸也くんはどれから食べてみたい?」
「うーん、卵焼きからいただこうかな」
少し悩んだ素振りを見せたが、これは最初から決めていたことだ。
別に他のものでも良かったが、感想を求められた際、無難な回答でやり過ごすことが出来そうだからだ。ハンバーグでも良いが、冷凍食品だった際確実に気まずくなる。
ただでさえ浮ついた空気なのに、これ以上変な空気になったら頭がおかしくなってしまいそうだったのだ。
「じゃあ、はい……あ~ん」
奈留が箸で俺の分の卵焼きを一口大に切り分け、こちらに差し出してきた。覚悟を決めた俺は恥を忍び、一口にそれを頂く。
「……あ~んむ」
口に含んだ瞬間、俺はとある学者の言葉を思い出した。綺麗な花ほど、鋭い棘を隠し持っているのだと。
――ジャリッ。
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