7話
可能な限り最高の身支度を整えた俺は奈留に一言断りを入れると自分の部屋に戻りスクールバッグを手に取る、そして向かいの部屋に入り、朝一番の大仕事を開始した。俺は部屋の端にあるベッドの布団を勢いよく引っぺがした。
「母さん! いい加減起きないと遅刻しちゃうよ! もう朝ご飯できてるからね!」
「ん~あと5分……いや5時間はいける……」
「いけないよ!? 俺もう出ちゃうから、ご飯ちゃんと食べて、鍵はしっかり占めていってね!」
「オッケーマンボ……」
何がマンボか全然わからないが、とにかくこれ以上は構っていられないのである程度で見切りをつける。
こんなんでも俺が出た後で毎回ちゃんと起きれているようなので心配はしていないが、朝辛そうなのはやはり残業が多いせいなのではないかと、そっちの方が心配だった。
普段ならもう少しシャキッとするまで待っていても構わないが、今日はお客さんがいるためそうはいかない。階段を降りるとリビングで待っていた奈留に声を掛ける。
「ごめん、大分長いこと待たせちゃって」
「ううん! 私の方こそ、急かしちゃったみたいでごめんね」
お互いに謝罪を決めると俺たちは玄関をくぐった、一応鍵も閉めておく。ここから別れて別々に登校なんてことあるわけないので、周りの目が怖いが一緒に登校する覚悟を決めた。
「それじゃあ行こうか」
「うん! それで、その、今日はしてくれないの?」
そんなことを言いながら上目遣いでこちらを見つめてくる奈留。何を、と考える俺だが、今この場でする行為であり、今日はという前置きがある為昨日したことであるはずだ、となれば考えられることは1つしかない。
それすなわち、手をつなぐということである。冗談だと信じたかったが奈留の目は真剣そのものだ。
昨日は放課後で見る人も少なかったから抵抗がなかったが、今日はそういうわけにはいかない。何せ奈留は目立つ方ではないとはいえ美人だ、それが俺なんかと手を繋いで歩いているところを見られようものなら、その先に何が待ち受けているのか想像もできない。
俺はどんな辱めを受けても構わないが、奈留が恥ずかしい想いをすると思うと躊躇しそうになった、しかしここでビクビクさせることも奴らの作戦なのかもしれない。
俺は奈留の左手に自分の手を添えた。しかし昨日のようにしっかりとは繋げず、中途半端な形となってしまった。
「……昨日みたいに、ギュってしてくれないんだ」
「ひぇ」
何故か恐ろしい†圧†を感じた俺の喉から細い息が零れた。
急いで恋人つなぎに直すと奈留は満足したのか、先ほどより表情が柔らかくなった気がする。あまりにも
2人一緒に歩き始めれば、あとはスムーズなものだった。学校が近くなると流石にちらちらとした視線を感じるようになったが、それでも思っていたより注目は集めていないようで密かに心を撫で下ろした。
しかし油断していたのがいけなかった、このとき背後から悪魔の1人が迫っていることに気づけなかったのだ。
「あれ~、奈留っちとゆっきーじゃ~ん、ちっすちっす~」
「!?」
「あ、花ちゃん、おはようございます!」
「おはよっさ~ん、しかしまぁ、朝から見せつけてくれますねぇお2人さん」
「えへへ~」
その第三者の声を聴いて俺の心臓は跳ね上がっていた、奴こそが例のギャル3人衆の1人、
にやにやとこちらを眺めるその視線から一見悪意は感じられないが、一体誰のせいでこんな状況になったんだと考えると思わず食って掛かりそうになってしまう。
しかし何も証拠がない現状では俺が悪者扱いされるのは間違いない。それすら計算の内だとしたら俺にはもう何もすることが出来ないのだ、流れそうになる悔し涙を奈留の手前なんとか我慢した。
ちなみに、この状況を作り出していた事は田中一味の計略なので、あながち間違っていなかったのがまた悲しい。
「ゆ、幸也くん、ちょっと痛い……」
「――あ、ごめん! つい」
俺は気づくと自分の両手を握りしめていた、それはつまり奈留の手を握りしめていたということだ。
奈留は苦痛にその顔を歪めていた、自分のことばかり夢中になっていた自分を恥じる。奈留だって今
「おお~、ゆっきーそんなに奈留っちの手ぇ気に入ったんだ~、まぁちっちゃくてすべすべしてそうだからぁ、わかるけどね~」
「お、俺はそんなつもりじゃ!」
「まぁまぁ! 私はもう
そういうと駆け足で校舎に向かっていく田中。奈留はこのとき「気をつかわせちゃったかな」なんて小さく呟いていたが、俺の耳には届いていなかった。
もはや俺の頭の中はどうにか学校を休めないかにリソースを使い続けていたからだ、しかし俺が休んでしまえば悪魔たちの矛先が奈留に集中してしまうと思うと逃げることは出来ない。
しかも今田中は邪魔をしないと言っていた、つまりそれは、自分が直接手を下すことはないと宣言したのである、どこまで卑怯な女なんだと唇を噛みしめそうになった。
完全に詰んでいるが、薄ら頬を染める奈留を見て自分を奮い立たせる、できれば今日はこれ以上の辱めを受けませんようにと神に願ったが、この後想像を絶する悲劇が待ち受けていることを、この時の俺はまだ、知らない――
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