6話

 幸也が洗面所に消えるのとほぼ同時に明菜が復活した。

 

 ここしばらく男の子の友達さえ家に呼んだことがない幸也が突然女子を招き入れたのだ、気にするなという方が難しい、明菜は目の前の黒髪美少女に2人の仲をどうにかして聞き出すことに決めた。

 

「あの~つかぬことをお伺いしますが、兄とはどういうご関係なのでしょうか?」

「ああ、ごめんなさい私ったら! クラスメートの佐伯奈留です、あなたは幸也君の妹さんでいいのかな?」

「はい~、妹の明菜です……それでええとぉ、今日はどうして家に?」


 どうして、なんて状況から見るに幸也を迎えに来た・・・・・・・・に決まっているのだが、これまた聞かずにはいられなかった、こういうところはよく似た兄妹である。

 

 しかし奈留は中々答えない、何処にともわからない視線をしばらくあちこちに飛ばし、いじらしく頬を掻いていたが、もじもじしながら観念したように喋り出した。

 

「えっと、私たち昨日から付き合うことになって、それで今日は迎えに来ちゃったの、約束はしてなかったんだけど――」

「へ!? お兄ちゃ! ……ん、と、奈留さんがですか?」


 流石にそこまでは予想していなかったため明菜は思わず声を裏返して叫んでしまった、途中で気付いて声量を抑えたが、兄に聞こえていないか心配であった。

 

 当の爆弾発言をした少女自身はそんなに驚くようなことか、と困惑気であるのがまた憎らしい。

 

「急に押しかけちゃってごめんなさい、こういうの初めてだから緊張しちゃって」

「いえ、いえいえいえ! それは全然全くこれっぽっちも問題ないんですけど! あ、あの! 兄の事、どうかよろしくお願いします!」


 突然手を握って『挨拶』をしてきた明菜に奈留は目を白黒させてしまう。

 

 一体何がどうして2人が付き合うことになったのかは想像もつかなかったが、恐らく幸也にこんなに素敵な女性との縁が生まれることなど今後一生無いだろうと考えた明菜は必死だった。

 

 かなり失礼な思いが入っていたが、明菜は至って真剣である。


 実際問題あの兄がどうしたらこの大和撫子美人を射止めることが出来るのか理解不能であった、別に幸也に彼女が出来る可能性を完全否定しているわけではないが、それにしたって出来過ぎである、何か裏があるのではないかと邪推してしまいそうだ。

 

「もちろん! 私も幸也君と明菜ちゃんに見限られないように頑張るね」

「いやその心配は必要ないかと……まぁそれはいいとして、どうして付き合うことになったんですか?告白はどっちからなんです?」

 

 緊張がほぐれてきた明菜にエンジンがかかってきたようだ、本来人見知りすることなど滅多にない物怖じ知らずが怒涛の質問を決める。

 

「それはぁそのぉ、告白は私の方からで、昨日幸也君にオーケーを貰って」

「嘘、お兄ちゃんからじゃなかったんだ……」


 いや冷静に考えればあの男にそんな度胸はないとすぐにわかったのだが、まるで信じられないものを見るような目で奈留を見る明菜。

 

 さっきから多方面に失礼な妹であった。

 

 しかしそう考えると不思議なことがあることに明菜は気づく。昨日の幸也の様子だ。

 

 結局夕飯の時間まで疲れ切った様子で心配していたが、本人の言うように一晩過ぎて今朝になると大分元気を取り戻したようで、すっかり忘れていたのだ。

 

 しかしこんな美人と付き合うようになったならもっと嬉しそうに振舞うのではないだろうか、自分に隠したかったのだとしても、もう少し正のオーラが滲み出ていいのではないか、少なくともあんな今にも死にそうな表情で過ごす理由はないはずである。

 

 もしや付き合うことが決まった後に何かあったのだろうか、例えば奈留に想いを寄せる誰かに嫉妬され、何か嫌なことでも言われたのではないかなど。

 

 そう考える明菜だがまさか本人がただ勘違いしているだけだなどと思いつくはずもなく、謎は深まるばかり。

 

 結局幸也が身支度をと整え戻ってきても答えは出ることがなく、ふと時計を見た明菜は「部長にどやされる!」と叫ぶと慌てて家を飛び出すのであった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る