第15話 大物主のタタリ(前編)

 豊葦原中国の主 大国主は、一部で"怨霊"となったのではないかと囁かれている。

 かの神は 島根県にある出雲大社に祀られているが、かの社の注連縄しめなわは 通常とは左右逆さに張られており、また 通例の2礼2拍手1拝ではなく、異例の2礼4拍手1拝の参拝方式が採用されていた。

 大国主は 天津神から一方的に国土を奪われているが、そのことから、かの神のタタリが恐れられ、かような封じ込めの措置が図られたのではないかと一説には高察されている。

 しかし、直接的に かの神が天津神にタタリをなすことはなかった。タタッたとされるのは かの神と同体とされる大物主であり、それも遠く第10代天皇の御代においてであった。


 第10代 崇神天皇の時代、天変地異が相次ぎ 疫病が大流行し 人口が半分以下に激減した。爾後、百姓は流浪し、なかには 朝廷に背く者も出てきた。

 天皇は 治世の芳しくないことを憂い、八百万の神に占いをして問うと、

 「もしも よく私を敬い、祀れば

  必ず国を平穏にしよう」

との神託を得た。

 天皇が そのようなことを教えてくれるのはどこの神か尋ねると、

 「私は 倭国の域内さかいのうちにいる神

  大物主だ」

との答えが返ってきた。

 神の言葉を得、教えの通り祀ったが、効果がない。そこで天皇は 穢れを祓い 宮殿を清め祈りを捧げると、その晩 夢に大物主が現れて

 「天皇よ。国が治らないのは 私の意思だ。

  もし我が子 大田田根子に私を祀らせれば

  たちどころに国は平穏になるだろう」

とのお告げを受けた。

 天皇はあまねく天下に命じて大田田根子を探し出し、同時に 伊香色雄いかがしこお神班物者かみのものあかつひとに任命した。

 伊香色雄は 八十平瓮やそひらか(平たい皿)に 物をけ 神に奉るものを作り、それで大田田根子が大物主を祀った。さらに その後、他の神々を祀ると、疫病は止み始め 国内はようやく鎮まった。


—かように、大物主がタタリをなしたとされているが、かの神を祀る大神神社などでは、 くだんのような怨霊封じはなされていなかった。

 いや、出雲大社に祀られる大国主は 大物主と同体であり その大元であるのだから、大国主その人の怨霊の方が怖れられるのは、ある意味 当然なのかもしれない。ただ、何となく釈然としなかった。

 加えて、第10代 崇神天皇は 別名 ハツクニシラススメラミコト(御肇国天皇)といい、実際は、かの天皇が初代天皇だったのではないかと疑われていた。初代 神武天皇の異称もハツクニシラススメラミコト(始馭天下之天皇)と言うが、前者は 即位前の記録が薄く、後者は 即位後の内容が不足していた。このため、一説には 両者は同一人物であり、事跡が分割されたかとも憶測されていた。


・・思うに、やはり もともとは大国主その人がタタッた神話等が 正史には 存在しており、それを嫌った"天照大神=持統女帝"が記録を改変。自らの依代からできるだけ遠くへとその記録を離したのではないだろうか?

 これは論理と言うよりも、むしろ人の心裡を慮ったものだが、この思い付きは強く私を捕らえて離さなかった。

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