第14話' "聖徳"太子の真実(後編)

 神話には 当時の状況や真相が反映されていると私は判じている。しかして、その記述と 聖徳太子その人の巨像化の具合等を総合すると、彼は 従来の天皇家とは異なる血統の人物であり、亡くなった際には タタリを警戒する素地があって、記録の書き換えにも多大な配慮をしなければならなかったということになる。

 これらのこと等から、私は 古代史の著名人 聖徳太子の死によって が起きたのではないかとニラんでいる。聖徳太子が比定されていると思しき大国主と同体の神 大物主は 崇神天皇の御代にタタリをなした折、実に、私は 持統女帝が 天照大神に投影された際に 大国主と大物主の位置が入れ替わったのではないかと憶測していた(後述)。

 そして おそらく、正史『日本書紀』の編纂命令者 天武天皇は "蘇我大王"聖徳太子の流れを引き継ぐ者で、彼は2を考えていたのではないかと私は恐察している。すなわち、聖徳太子の即位は かの天皇の時代、自らの正統性を示すため掲げられていたのではなかろうかと私は検討していた。それを、天武の次代 持統が のだろう。

 余聞だが、天照大神の中身が 推古女帝(第33代)から持統女帝(第41代)に途中で交代したキッカケは、大方 この万世一系の創作だ。天皇家ともう一方を統合した皇祖神として 自分こそが相応しいと、女傑 持統天皇は考えたのであろう。その皇祖神の治世にタタリなどあってはならないとして、多分 大国主のタタリの記録は 遠くあとの時代に移動されたと私は探究している。

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