二月最後の土曜日、動物園にて。


入口の建物をくぐった先に広がる動物園は、案外に建築物が多かった。


小さい頃に訪れた、遊園地に併設されている動物園は通路も土が剥き出しで、

当時の記憶にある、自然の中に檻が置かれたような場所を想像していた

松葉には驚きだった。


園内は道がくまなく整備され、いくつもの西洋風の建物が立ち並び、

一見すると小奇麗なテーマパークの様相を呈していた。


「動物園なんて、いつ以来だろ……こんなに立派なんだ、今って」


「もしかして、あんまり好きじゃない?」


「そんなことはないけど、懐かしいなって。

動物園だと、デートって感じでもないしさ」


「え、調べたら定番のデートスポットって記事にあったけど……

本当は、車があれば牧場とか遠出したんだけどね」


定番なのだろうか。足を伸ばしてもせいぜい

アウトレットでの買い物や食事だった松葉は首を傾げた。


「私も免許はあるけど、車は持ってないわ」


「にしても、そっか……動物園ってデート向きじゃないんだ……?」


「……あくまで、私の周りの人はって話ね。

こういう場所が好きなカップルもいるんじゃない?」


周囲を見ても、カップルがいないことはないが、家族連れが大半だった。


少し足を伸ばせばターミナル駅に出られる

地理上、そちらに足が向いてしまうのかもしれない。


「そういえば、どんな恋愛小説を書こうとしてるの?

私が読んでもおもしろい話かな」


松葉は聞いていなかった疑問を口にした。


「そうだな……女の人が片思いする話、だよ。

だからどういうデートができれば嬉しいのか、知りたくて」


目的地がまずちょっと違ったのかもしれないと笑う奏。


「君なら学校の友達とか、年の近い女子が一緒に行ってくれるんじゃない?」


「そうでもないよ。男友達と遊ぶことが多いし……

何より仕事優先だからあんまりないんだ、そういうの」


意外だった。改まって奏の顔を見ても、肌は綺麗で顔のパーツも整っている。


子供っぽくはないけれども若さの残る童顔で、

同年代どころか年上にも好まれそうだった。


松葉の考えていることなど知りもしない奏はファインダーを動物に向けている。


「あ、カピバラ……温泉に入ってる」


「気持ち良さそうにしてるねえ。松葉さんカピバラ好きなんだ?」


流しから垂れ落ちる湯を頭から浴びるカピバラが座っている。


大型の動物とは違い、柵で区切られているわけでもなく、

小動物と触れ合える広場には木製の湯船が設置されていた。


「うん、まあ。写真では見かけるけど、本物は見たことなかったわ」


目を細めて湯に浸かるカピバラを眺めていると、シャッター音が聞こえる。


「松葉さん、今のいい笑顔だったよ」


「私も撮ったの? 取材なんだから、動物とか風景を撮りなさいよ」


「記念だよ、記念。こういうのも大事だしさ」


取材というので構えていた松葉だが、奏は施設を移動しては写真を撮って

純粋に楽しんでいるようで、構えていたほどの堅苦しさはまるでない。


あまり面識のない相手に緊張していた松葉は拍子抜けしていた。


「そろそろお昼食べようか、松葉さん。ここレストランもあるんだよ」


西洋風の建物の一つがレストランになっているようで、

昼時の館内は賑わいを見せていた。


「それでどうなの、取材の方は。満足いった?」


オムライスをスプーンでつつきながら、咀嚼する奏にカメラを指してみる。


「うん、写真もかなり撮れたし、園内はほぼ周れたから。

結構付き合わせちゃったけど、疲れてない?」


「大丈夫よ。ヒールは履いてこなくて正解だったわね」


「そっか、行き先がわからないと、そういうのもあるんだよね」


「そう。だから女の子と出かけるときは、ちゃんと目的地を伝えておくのよ?」


早々に食べ終わった奏は頷いた。


「そういえば、昨日も公園で飲んでたの?

金曜日にはいつもいるって言ってたけど」


「行ってないわよ。だって寝坊して、

待ち合わせに遅れたら悪いしさ」


「そっか……じゃあさ、これから行こうか。土曜日だけど」


「行くって……え、公園に?」


電車で再び最寄り駅に戻った松葉と奏は、そのまま別れて帰らず、

揃ってコンビニで買った袋を下げ夜の公園へ向かった。


「取材の日だったのに、いいの?

公園なんて、いつでも来られるし……」


「いいんだよ、1日の打ち上げ。松葉さんはどれ飲む?」


ビニールを広げて、つまみと冷えた缶を見せてくる。

松葉はカクテルの缶を取ると、奏はハイボールを開けた。


「今日は飲むんだ、お酒」


「そうだよ。だって金曜日の夜の代わりだからね」


並んで滑り台の上に座り、缶を傾ける。

アルコールが染み渡って、疲れが癒えていくのを感じた。


「どうだった、今日。松葉さんも楽しめた?」


「うん、久しぶりの遠出だったし……

遊んでれば余計なこと考えないしね」


もし一人で家にいたら、石蕗のことを思い出してしまっていただろう。


「……そっか。もう会ったりしないの?」


「しないでしょうね。むこうも結婚したら

忙しくなるだろうし、ちょうどいいタイミングだったのさ」


強がってはみたものの、完全に吹っ切れたわけではない。


そう簡単に気持ちが変えられるなら、

ここまで長い片思いはしていなかっただろう。


松葉は努めて気にしていない風に振る舞い、

缶に残ったアルコールを飲み干していった。

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