第2話

 皇太子ディエゴは下劣な男だった。

 権力を使って多くの貴族令嬢を弄んだ。

 権力を使って多くの貴族に無理を強い、屈辱に歪む顔を見て愉悦に浸っていた。

 当然下劣な皇太子には、同様に下劣な取り巻きが集まった。

 彼らも皇太子の権力を使って私腹を肥やし、欲望を満たしていた。


「ヤコポ、あいつをどうにかできないか?」


「アリアンナ嬢の事でございますか?」


 皇太子は純情可憐なファインズ公爵家令嬢アリアンナを嬲り者にしたいのだ。

 新月の闇夜のような艶やかな黒髪を掴んで引きずり回し、初雪のような純白の肌を鞭打って蚯蚓腫れを作りだし、天使が現世に降臨したかのような神々しい美貌を殴って鼻血を流させ、痛みと屈辱で泣き叫ぶところを思うさま嬲り者にしたいのだ。


 すでに幾人もの貴族令嬢を罠に嵌めて皇太子に渡したボック男爵ヤコポも、相手がファインズ公爵家の令嬢アリアンナでは二の足を踏む。

 ヤコポも皇太子取り巻きとして行動しているだけに、皇太子の下劣で卑怯な性格はよく知っている。

 さんざん利用した後で、平気で見捨てる恩知らずだ。

 いや、皇太子という皇帝陛下を除く絶対権力者だけに、どれほど忠義を尽くされたとしても恩に感じたりはしないのだ。


「恐れながら皇太子殿下、私は男爵にすぎません。

 皇太子殿下の御名前を使わせていただかない限り、ファインズ公爵家令嬢を呼び出すなど不可能でございます。

 例え呼び出せたとしても、屈強な姫騎士が幾人も付き添ってきます。

 皇太子殿下の御希望に添えず情けないことではございますが、もう少し爵位の上の方に役立っていただいてはいかがでしょうか?」


「ヤコポは馬鹿ではないようだな」


 皇太子は冷酷な眼をヤコポに向けた。

 ヤコポが危惧していたように、皇太子はヤコポを使い捨てにする心算だったのだ。

 ヤコポがアリアンナ嬢の呼び出しに成功したら、欲望のままに嬲り者して、満足したら口封じにアリアンナ嬢とヤコポを殺して、全てをヤコポの犯行にする心算だったのだ。


「恐れ入ります」


「誰にやらせばいいと思う?」


「カーカム侯爵とカーカム侯爵家の令嬢ルドヴィカにやらせばいいのではないでしょうか?」


 皇太子はしばし考えた。

 カーカム侯爵もルドヴィカも欲深い人間なのを知っていたからだ。

 特にルドヴィカが、アリアンナ嬢を殺して皇太子の婚約者の座を狙おうとしているのを耳にしていた。

 そのために色々と暗躍しているのを確認していた。

 皇太子はアリアンナ嬢を正妃に迎える気などなかった。

 いや、誰に限らず正妃など不要だった。

 皇太子の性癖で正妃を迎えるのは難しかった。


「分かった。

 だがカーカム侯爵とルドヴィカには会わん。

 全てヤコポが手配しろ」

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