第8話

 まったく不意討ちだった。

 自分が誘拐犯に眼をつけられているなんて、想像もしていなかった。

 禁じられていたのに、首を動かして誘拐犯をまじまじと見てしまった。

 蓮と目が合った誘拐犯は、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべてみせた。

 足先から頭のてっぺんまで、冷たく嫌な感覚がゾワリと這い上った。

 蓮は恐怖のあまりその場で身震いしてしまった。


「馬鹿が!

 こちらが気付いたのに、誘拐犯も気が付いたぞ。

 これでは不意討ちして先手を打つことができない。

 蓮が誘拐される可能性が跳ね上がったな」


「騎士様の甥御さんは誘拐犯に狙われているんですかい?

 そいつは大変ですねぇ!」


 親父が勝人の意図を察して蓮を脅かす。

 親父も長年冒険者相手に商売をしているから、勝人の強さを十分に理解している。

 この都市にいる誘拐犯など相手にならないことは分かっている。

 それに生意気盛りの甥っ子の実戦訓練に連れてきているという情報ももらえた。

 勝人が誘拐犯の存在を甥っ子に教えて怖がらせているのも、実戦訓練だと理解した上で協力することにしたのだ。


 それは親父にとっても十分利益があることだった。

 よくいる権柄尽くに騎士なら、どれほど融通しても恩に感じてくれることはない。

 だが、酸いも甘いも嚙み分けた叩き上げの冒険者騎士ならば、受けた恩に対しては正当な利益を返してくれる。

 次回の取引では上限一杯の交渉はしてこない。

 こちらに多めの利益を落としてくれる。

 そう考えて積極的に協力したのだ。


「蓮!

 絶対に俺から離れるな!

 大便だろうが小便だろうが、俺の見えるところ、俺の剣が届く距離でしろ!

 誘拐犯に連れ去られたら、死んだほうがましだという目にあわされる。

 男の子が好きで、泣き叫ぶほど痛めつけてから、無理やり犯す奴もいる。

 分かったな!」


「分かったよ、分かったから離れないでよ!」


 蓮は生まれて初めて心底恐怖を感じていた。

 自分に向けられた粘着くような悪意に、本能が反応していた。

 自分の力だけでは抗えない悪意に恐れおののいていた。

 

 もっとも勝人は全然意に介していなかった。

 自分が側にいる限り大丈夫だった。

 熟練の誘拐犯ならば、勝人の実力は一目で見分ける。

 勝人を相手に正面から蓮を誘拐しようとすれば、怒り狂った勝人の攻撃を受けて、大損害を受けるのは眼に見えていた。

 それでは犯罪者組合は大損をしてしまう。


 万が一蓮が馬鹿やって離れ離れになったとしても、肌身離さずつけさせている首飾りに込められた魔力で、どこにいるか分かるのだ。

 貸し与えている鎧や剣、槍や装飾品にも、とんでもない護りの魔法を施している。

 誰がどんな手段を弄しようとも、蓮が危機に陥るとは考えていなかった。

 だが、一つだけ大きな問題があった。

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