二.神々の家
彼らの祈りが届いたのだろうか。ここ二、三年は海産物の育ちも良く、大きな嵐が襲ったこともないという。
「そういうところ、
「神なんて皆、似たようなものだと思うが。君だって」
「
「え? ――まさか」
白く弾力ある真綿を敷きつめた海底神殿で、白狐の女神と銀髪の青年が会話している。
四年前に比べると、白龍はだいぶ大人びたようだった。絹のように細い真白な髪の間で、空色の目が鋭く笑う。
「エルデ・ラオの国主は再建の際に
「別に、恥ずかしいから行かないというわけでは、ないが」
「そういう仕草や言い方も
「面白がらないでくれ」
長椅子に深く座して本を読んでいたウィルダウは、人間でいうなら二十歳を過ぎたほどの年代に見える。外見の成長はすなわち魔力量の回復であり、冥海神と
当人とてこれほど早く回復するとは思っていなかったのだろう。消滅を免れたことで身の内に留めてしまった『銀河の権能』をどう扱うかも含め、これから人族や世界とどう関わっていくのか、彼なりに思い悩んでもいるのだ。
「避けつづけてもいつか道は重なるわ。それが、絆を結ぶということでしょう?」
未来視の女神の宣告に、玄龍は何も言えずに苦笑する。命も魂も使い尽くして果てるつもりだった彼を彼のまま現世につなぎ止めたのは、セスの願いと白龍の権能だった。個より全を重視する調和の神が心を寄せてしまった、
彼女が予言した『五年後』まで、あと一年。彼が今回どんな選択をしようと、再会は定められていると思えば。
「……君は、私から歩み寄れと言うのか?」
ウィルダウとて、セスが四年前の選択をまだ不安がっていることは良くわかっている。そもそもセスは、相手の意志を無視して我を通せるような気質ではない。
彼自身、少年のそういう柔らかさを気に入ったからこそ、世界の未来を賭けた局面でさえ意向に任せてきたのだ。
銀竜の導きで儀式の一端を担いでおきながら、セスはウィルダウが消え損ねたことをいまだに知らない。そう望み、信じてはいるだろうが、帰還した冥海神がウィルダウ自身である、という確信までは持てていないのだ。だから白龍は、式で姿を見せて安心させてやれと言いたいのだろう。
軽く睨み見れば、白狐の女神は着物の袖で口元を覆い、くすくすと笑って言った。
「そんなに、難しく考えないで。
身も蓋もない言い方だったが、正論だった。
「そうだな。遭遇すると煩そうな戦火神や魔将軍たちの目をいかに誤魔化して、式に参列するか。面白そうだ」
「あきれた。
本気で呆れた声が返ってくるも、女神の表情は満足げに微笑んでいた。
☆ ★ ☆
エルデ・ラオ国の再建された主城は、白亜の外壁に緋色の屋根が美しく映える建物だ。王城に隣接して設けられた神殿区画には、戦火神と月虹神の中央神殿が建てられている。
戦火神殿の神官長を務めるは、まだ見目若い――しかし実年齢は五百歳を超える――美丈夫との噂だ。
冠婚葬祭を取り仕切るのは神殿の役割だが、中央神殿で催事が行われるのは関係者が王族か貴族か国家の要人の場合のみ。なのでこの度の結婚式は、
正直言うと、デュークが神官長を引き受けたのは、フィーサスなら国家の守護神なんてすぐに飽きるだろうと思ったからなのだ。しかし彼女は今のところ、ラファエルと新築の神殿を気に入っているらしく、美女と白毛玉の姿を行き来しながら楽しげに守護者の役目を果たしている。
五百年以上も根無草だった傭兵が、今や中央神殿の神官長だという。自分自身でも信じられないのに、周囲はあたかも当然のごとく現状を受け入れしかも大歓迎しているのだから、意味がわからない。
「……おまえもそう思わないか、フィーサス」
「うん、何だって? いいじゃねぇか、俺とおまえでセスとルシアの門出を祝ってやれるんだぜ?」
「俺みたいな
「まごうことなき俺の
デュークとしては、苦楽を共にし世界を救った歳下の友の晴れ姿は、友人の立場で祝福したかった。式で結婚生活の成功が左右されるわけではないにしても、おそらくは一生に一度の大切な節目を采配するなど、荷が勝ちすぎるというものだ。しかし、フィーサスが嬉々として二つ返事で受けてしまった以上、退路もない。
不慣れな式進行を堅実に果たすため今はとにかく覚えるしかない。覚えることがたくさんあり、選ぶべきものもあれこれあり、事前準備もすべき事も山積みだというのに。
「なぁデューク、式の髪飾りと首飾りに、これ良くね?」
「待て。それは弔事用の飾りだ、間違っても付けていくんじゃない」
「マジ? あーそっか、黒と紫は冥海神ヤローの色か! じゃ、これだな」
「それは男物の飾り……って言ってる側から箱をひっくり返すな!」
炎のごとく鮮やかな真紅の髪に黒オパールと
友の人生における一大イベントを祝福を与える側がぶち壊すハプニングなど、あっていいはずがない。しかもそれが自身の仕える神とあっては、もはや何をもって償えば良いのか、である。
青ざめたデュークは
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