竜世界クロニクル - 約束の竜と世界を救う五つの鍵 -

羽鳥(眞城白歌)

はじまりのゆめ

〈Prologue〉最初の火種と銀の夢


 憶えているのは、炎の熱さだった。

 激しく燃え盛る火の海に取り残され、何かを叫んだのかもしれない。助けを呼んだのかもしれない。けれど、それにこたえるものはなく――、


 唐突に、鋭い痛みを胸に感じてうずくまる。

 そうだ自分はあの炎の中で胸を刺し貫かれ、それからすべてが暗転して。


「■■、――?」


 ふと、誰かが呼ぶ声に気づく。手で触れた鳩尾に想像したような傷はなく、さらりとした感触の布を感じた。

 ゆっくり視線を上に動かして、その『声』の主を確認する。


「聞こえてんじゃねーか、■■。なにぼーっとしてんだよ」


 困ったように眉を寄せる、青い両目。灰色……というより銀色のとんでもなく長い髪を後ろで一つに束ねていた。

 半袖のチュニックに長ズボン、ブーツを履いて背中に弓を背負っていて、狩人のようにも見える。


「え、と、どなた……ですか?」


 かれが口にした名前を、聞き取ることはできなかった。だから失礼だとは思いつつも、聞き返してみるしかできず。

 驚いたように青い目が見開かれ、薄い唇がパクパクと何かを言いかける。言葉にならない、とでもいうふうに。


 改めて見回せば、周囲はなにもない真白な空間だった。

 雲を寄せ集めて押しかためたような面の上に自分は立っていて、銀色のかれはそのすぐ目の前にいる。火の海はもうどこにもない。

 途切れてしまった会話にどうしたものか考えあぐね、所在なく視線をさまよわせていると、やがてかれは深いため息をついて言葉を発した。


「そっか、……おまえはあのときに、おまえを表す『名』も捨ててしまったんだな。そりゃ、おぼえてるわけねーか」

「ごめん、なさい」

「いいんだ。たぶん、オレが一因だし」


 あきらめたような声で意味深なことを呟き、かれは視線を落として考え込む。

 しばらくそうして流れる無言が居心地悪くなってきたころ、ようやく顔をあげた銀色のひとは、人懐っこい笑みをこちらに向けて言った。


「オレ様はオルウィーズ。オルウィでいいぜ。おまえの名前は、そうだな……フィオって呼ぼうか」

「フィオ?」

「そう、それがおまえの『今の名』だ。さ、行こうぜ」


 与えられた名を飲み込む前に、かれは早くも手を差しだしていた。恐る恐る、立ちあがる。炎の匂いも身体の痛みも、今はどこにもなかった。

 猫を思わせる青いつり目が自分を見て、キラキラと光を反射している。ここがはじまりの場所なのなら、かれについていけば行くべき場所へ辿り着けるのかもしれない、とぼんやり納得する。


 それでも、かずにはいられなかった。


「行くって、どこへ?」

「そんなの決まってるだろ」


 ぐい、と手を取られ、引かれる。不思議と、怖さや気味悪さは感じなかった。かれのキラキラ輝く瞳の青さは、懐かしい何か――あるいはどこかに、似ていて。見惚れてしまったというのもあるけれど。

 惑星ほしの瞳をくるり巡らせ、銀色のかれはにいと口角を上げて、言った。


「オレ様と一緒に世界を巡る、冒険の旅にだよ」



 切り断たれた時間ときは、こうして再び動きだす。

 はじまりは、ふたりきりの。

 けれどもやがては約束を果たし、世界を救うための旅立ち――として。





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