第13話 人殺しと感謝

美咲は悪党を懲らしめて村を救おうと考えていた。

そんなヒーローみたいな活躍をミュールに見せたかった。

だって美咲はミュールにとって王子様だと言われたのだから……


(私は今何をした?理解わかる……でも解りたくない。王子様はこんなことしない……私は……私はこんなこと望んでた訳じゃ……)


震える手とこびりついた赤黒い血液、鉄臭い匂いとその手に残る肉を断つ感触。その全てが美咲に現実を見ろ、そう言っている様だ。


(私は人殺し・・・だ……)


そう認識した途端涙が頬を伝う感覚に気づいた。


(……なんで?私は自分勝手に妄想して、自分勝手に戦って、自分勝手にゼオルを殺したのに、なのに悲観して涙なんて流してるの……?)


(ーーそれはあまりにも傲慢じゃないか)


悲劇のヒロインにでもなったつもりなのか、お前はただの人殺しだ、と目の前の現実が訴える。腕の力が抜ける。


(ッこの部屋の惨状はなんですの!?それにそこに倒れているのは……っ美咲は!?)


「っ……ミサキ!」


ミュールとスゥが駆け寄る、が。


「触らないでッ!」


「私に触らないで……貴女の綺麗な手が汚れちゃう……私なんてどうでもいいから、2人はここから逃げて……」


美咲の表情はミュールから見えない。

しかしその声が、身体が、ミュールにしか分からない何かが今にも崩れそうで、だから美咲の制止を聞かずに1歩ずつしっかりと床を踏みしめて近付く。

その後ろでスゥは静かに2人を見守ることしか出来ない。


「……ミサキ、貴女は初めて合ったわたくしを身を呈して助けてくれましたね……それが1度目。ーー」


一歩進んでそう語りかける。美咲は答えない。


「ーーその後も外に出た直後にボアノスから私を護って下さいました……それが2度目。ーー」


二歩目は少し大きく。


「ーーその後も何も出来ないわたくしを護る為にゴブリンを決死で倒してみせました……それが3度目。

4度目はヴェノマ、5度目はディアノス、そして今回も」


そう言ってまた一歩美咲に近づく。

美咲の力ない声がする。


「来ないで、来ないでよ……私は人を殺……んぐっ」


ミュールは強く美咲の頭をその胸にかき抱いたき、自らの鼓動を響かせるようにさらに力を込めて続けた。


ーードクン……ドクン


「ミサキ、貴女が居なければ私は今まで6回も死んでました。ーー」


「ーーだから救ったその命の分まで責任を取って生きなさい。そしてこれは以前話しましたよね……わたくしの傍にずっと居続けて下さいな。そうしないとわたくしが困ります・・・・・・・・・


優しくも凛々しいその王女然とした少女の言葉、心に包まれた美咲は自然とミュールの腰に腕を回し縋るように抱きしめた。


「それに今も、そしてこれからも何をしようと関係ありません。貴女は初めからわたくしの王子様・・・なんですよ」


「……っ !……ぅぅ……ミュール……ミュールぅ……」


「はい。わたくしはここにいますよ。ミサキの傍にずっとおりますとも」


「うん……うんっ……ありがとうっ……私のお姫様……」


「っ……ミサキっ!……確かにミサキはわたしくしの王子様ですがお姫様だなんて……」


「ミュールにとって私が王子様なら、私にとってミュールはずっと可愛いお姫様だよ……」


その言葉に更に抱きしめる力を強めて、少しでも美咲と接する場所を増やそうとするミュール


2人の間はゼロ距離。互いに見つめ合う。

誰にも、何にも邪魔はされない……


「あのぅ……お二人共……非常に言いづらいのですが、皆さんが……」


その声がするまでは。


スゥのそれを聞いて我に返った美咲はビクッとしてミュールから手を離し立ち上がろうとする。


ミュールは少し寂しそうにしつつも、美咲が立ち上がるのを支える。


そして微かに頬を染めてスゥの方を向いた2人は、その後ろの観客達を見てさらにその色を濃くすることになるのだった。


◇◇◇


例の一件の後、村人達はゼオルが死んだことを美咲達が驚くほど素直に受け入れた。

誰が殺したとかどうやって殺したとかそんなものはその場の誰も気にしていない、ただその事実だけを無感情に受け止めた。


だが受け入れることと理解することは違う。


長きに渡る暴力と圧制による、一種の洗脳と調教のせいか、誰もが自ら考え生きていくことを忘れかけていた。


美咲たちは村が正常な形になるまで見守ろうと話し合い、そのまま村の屋敷に留まって動向を伺った。第二第三のゼオルが現れないとも限らないのだから。


だが、今までは罪悪感から逃げるために感情を殺し表情も無くしていた村人達は、次第にゼオルの死に実感が湧き始め、彼がこの世からいなくなったことで自分たちが犯した重い罪を誰のせいにも出来なくなった。


中にはそれに耐えられず自死を選ぼうとする者もいたが、昼夜問わず美咲が常に神経を尖らせて気配を探知することでなんとか未遂や失敗で済んでいた。


(2人には一緒に寝てると思われてるけど……本当なんでかなぁ、寝なくても平気だし、むしろ私がずっと見てないとこの村で何が起こるか分からないもん。2人を守れるのは私だけ。気張っていこう、自分!)


そうやって3日ほど経った頃だろうか、時折外に出て確認していた3人はこれで大丈夫そうだと感じた。


村人達は、少しずつだが日々の仕事をこなしつつも集まって談話や自分の趣味を以前のように行っている様だった。


その間にいくらか商人も訪れたがその対応も美咲達にそうしたようにあの老人が行い、上手く契約もしているようだった。


そんな中で村の集会が行われるということで美咲たちは村の広場に呼ばれた。


何が起きるのかと警戒して2人をいつでも庇える状態で美咲は集会の始まりを待っていた。


そしてあの老人が代表して村人達の前に立って美咲達に告げてきた。


「ゼオルさ……いや、ゼオルを殺してくれてありがとう。

実は皆でちらほらと話し合ってはいたんじゃ。そして皆の意思を確認し総意を得たのでこうして御三方を及び致した次第での。

貴女方のお陰で村は以前のような平穏で穏やかな日々を取り戻しつつある。それは貴女方も感じているかもしれぬ。

ただ、わしは、わしらは取り返しがつかない罪を重ねすぎた……そんな平穏に身を置いて許されるはずがない。わしらの願いを、我儘を聞いてはくれぬだろうか……こんなことを頼むのは間違っているのは分かっている。それでもどうか……」


老人はそのまま座ると額を地につけて懇願してくる。村の皆もこちらに頭を下げる。


「……どうかわしらに罰を与えて欲しい……殺されても構わない……それだけの事をしてしまったのは事実……皆が望む最後の希望は貴女様なんじゃ……」


(はぁ……いつかそう来ると思った)


美咲だって1人殺めただけで、取り返しのつかないことをしてしまった後悔にどうしようもなく苛まれた。ミュールが手を差し伸べてくれなかったらどうなっていたか分からない。

ここの人達がどれだけ殺したのかは知らないがあれだけ自死を選ぶ者達がいたのだから、

それすら美咲に止められるならば、もういっそ直接お願いしてその罪ごとこの世から無くそうと考えるのも分からなくはない。


これは美咲とミュールが全部投げ捨てて消えてしまいたいと考えていたのと少し似ているもしれない。

しかし、それでも美咲は言う。言わねばならない。


「仮にみんなが死んだ後の村のことは考えてます?その後の子供たちの行先は?それと……何より、そうした後の私達のことは考えて言ってるんです?」


「……っ……はい……村は成り立たないので子供たちは近くの街の教会に預けられるよう手配する準備は出来ております……だからお願い致します……もう、誰もが自分の頭の中に染み付いた彼らの悲鳴に、感触に、最期の顔に耐えられなくて壊れてかけているのです。いつか本当に壊れる前に!……」


「要は何するも生かすも殺すも私達次第ってことでいいですか?」


「はい。どうかお願い致します……力あるお方よ……」


「ーー了解、じゃあ生きて」


「……はい?今なんと?ですからわしらはっ」


「だから、生きろ!って言ってんの!貴方達は確かに人を沢山殺したでんしょ。

でも、だからこそ、その人達の残したものを、生きてその魂に残していきかなきゃならないの。

忘れることなんて、それを捨てることなんて絶対許されないんだよ。それは彼らへの一番の冒涜になるんだから……だから、誰に恨まれても誰になんと言われようとも生きてください。それが貴方達の責任なんですよ」


そう皆へ伝える。


ミュールにはそんな美咲は自らに言い聞かせるように言葉を紡いでいる様にも思えた。


その場の皆が俯いてその言葉を噛み締める。


「では、わしらは生きてこの苦痛と戦いながらこの村でのうのうと暮らしていけと、それを強要なさるのですか」


半ば諦めたように老人は疲れた顔でそう言う。


「そうだよ。そしてこの村で起きたことを絶対に忘れちゃいけない。繰り返すなんてもっての他ーー」


「ーーだけど、幸いなことにまだこの村の惨劇を知るものは外に出ていない、そうですよね?」


老人と村人達は頷く。


「なら良し……って良くはないけどさ、起こしたことを悔やんでも過去は変えられないんです。ならそれを償えるだけの働きをして下さい。この村の発展と未来と子供たちのために。それが私達が与える最大の罰です……難しいことを言うけれど皆さんそれでなんとか納得してくれないですか?」


「それをゼオルを殺してこの村を救った他ならない貴女に言われては誰も反論できないことを分かってるのでしょう……それでもそう言ったという事はその意思は揺らがないということですね……」


そうして老人は村人を一人一人見渡すと声を張って言った。


「皆の衆!今のこの御方の言葉に異議のあるものはいるか!」


ーー……


「……分かりました。優しくも残酷な御方だ……それではせめて何かお礼だけでもさせていただけませんか?」


「えぇ……そんなの私たちが勝手にやったことだし何もいりませんよ……」


「いえ、何かお礼を差し上げないと我々の気が済みません」


そう言って食い下がる老人


「んー、じゃあ分かった!ゼオルを倒したんだし、今は空席の当主の権利とあの屋敷を頂戴!ーー」


「ーーそんでもってその主が言い渡します。今後一切の水源の独占権を認めませんっ・・・・・・!」


一瞬の静寂の後、それを理解した村の人々は言う


「そんな!今はボロボロのあんな屋敷では見合いません!それに水まで解放すると仰られるんですか!?それこそ貴女方の偉業に全く見合っていないのでは……」


「あーあー、ごちゃごちゃうるさいなー……あのねぇ!」


美咲は大きな声で高らかに言い放った。


「見合うか見合わないかは私が・・決めるのッ!それでも文句がある人は私に今から挑んで勝ってから言って!」


ゼオルを倒した本人からのそんな言葉にその場の誰もが反論できなかった。


◇◇◇


「本当にありがとうございました。またこの村に訪れた際には必ず丁重にもてなさせて頂きますので、どうかご無事で」


「本当にいいんですよ。それに結局私も破れた替えの服とか足りない食料とか色々頂いちゃいましたし、お相子ってことで。色々片付いたらまた来ますね!それまでこの村を頼みましたよ……?」


半目でこちらを見てくる当主に苦笑いしつつも


「はい!必ずやミサキ様が戻られた際に胸を張ってここは私の村だ、と言えるように努力致します!!」


そう返すのだった。

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