第12話 カウンター

美咲は勢いに任せて恐らくぜオルが居ると思われる豪華なその一室へ飛び込んだのだが運の良い、向こうからしたら運の悪いことに勘は当たっていた。


そこでは唖然として固まっているゼオルが豪奢な椅子に座ってこちらを見ていた。


その部屋は普段ゼオルが行商人達と交渉する際に用いられており、その壁や入口には煌びやかな装飾が施された剣や槍、弓など数多くの武器が飾っており、ゼオルの胸中を表すよう、自らの力を誇示しているようにも思えた。


その中でも一際目立つ緑やら赤やら宝石がその柄に埋め込まれた長剣を背後の台座から抜き放つゼオル。


「……ハァ……なんでここに嬢ちゃんがいる?こっちに来る前にアイツに仕留めるよう言っておいたんだがなァ!」


そう言って商談用の机を美咲に向かって蹴り飛ばす。腐っても王都衛兵を目指していた者の脚力から繰り出されるそれは常人なら・・・・衝撃を受けて吹き飛ぶほどのものだった。


だからその光景にゼオルは驚愕した。

木製とはいえかなりの重量のある机を真っ二つにしてその拳を振り抜く美咲の姿に。


「おいおい、怪力女かぁ?こいつぁ面白い商人も居たもんだなぁ!」


「ーーお前何もんだ?」

睨むゼオルを前に拳に刺さった木片を払いながら美咲が顔を上げ


「な・い・しょ」


そのままわざと煽る様にそう言い放った。


「んのクソアマァ!馬鹿にしてんじゃねぇぞ!」


ーーダッ


ゼオルが素早く美咲の側面に回り込みその長剣を振り抜く。いや、振りぬこうとした


ーーッダンッ!


美咲が迫る剣の腹を拳で思いっ切り叩き落としたのだ。


「っ!?……クソが!なんて力してやがるッ!」


そう言うゼオルだがギィンと響く手のしびれを抑えてそこで動きを止めずに2撃3撃と自らの重心を利用しながら追撃を加える。


「……っふ……はっ……!」


美咲も初撃こそあえて受け流してその力量を確かめようとしたが、結局対人戦は初めてなのでよく分からなく、そこからはなるべく被弾しないように最小の動きでそれらを躱した。


だが分かる者には分かる・・・のだ。


ゼオルはそうして美咲と幾らか手合わせして気付いた。


「ほーん、力は確かにすげぇよ。けどよ、さては嬢ちゃんその道・・・の人間じゃねぇな?」


ギクリとした美咲の動きが少し止まる。

それもその通りだ。いくら美咲が強いと言っても、今までの戦闘は魔物が相手、更には殆どあちらから向かって来るのに反撃しただけなのだから。


「そうなりゃ話は別だぜ」


ゼオルとて無駄に王都で過ごしてた訳ではない。試験には落ちたが、そもそもその試験自体の基準が高かっただけで、そこで鍛えたものは確かにゼオルの身体を形作っていた。


覚えた型に習ってその剣先を美咲へ向けて構え直す。


「……ふっ!」


素早い前進と同時に確実に美咲の首元を狙った斬撃が斜め上へと抜けていく。

きっちり寸での所で美咲はそれを躱すが、次に返す剣先から腹部へ向けた1手は理解わかっていても思った通りに身体を操るにはまだ技術が足りない。


「甘いんだよォ!」


ーーガツッ


「……っく……かはッ……」


鋭い長剣はいとも容易く美咲の柔肌を切り裂き、内蔵を断ちながら脊椎にぶつかって動きを止めた。


ーーズ……ズズッ


その刃を鮮血に濡らしながら力ずくで抜きはなった。


「あぁッ……ぐ……ッふ……」


身体のほぼ半分を切断され、膝をつき、思わず目の前が霞みかける美咲。


(こんなクソ野郎に負けるのか、私は……まだミュールとの約束だって全然果たせていないのに……)


薄れていく意識、指先から急激に冷えて感覚が無くなっていく。足に力が入らない。上手く呼吸が出来ない。

それでも……


(ーーいや、違うだろ。九条美咲わたしッ……負けちゃいけない。勝たなきゃ上に残した2人は死ぬんだぞ)


その意思だけで白く消えかける意識を繋ぎ止めて見せた美咲にゼオルは感心したように言った。


「はっはァ!すげぇな嬢ちゃん!ほとんど死んでんのになんで倒れねぇんだ?ほらほら、死んだ方が楽だぞ?」


勝者の余裕と言うやつだろうか、軽く持ち直した剣のその切っ先を絨毯に突き立てながら杖替わりにして美咲を蔑むゼオル。

しかし自らの認識が甘かったことに気付かされる。……いや、そもそも認識できる許容範囲・・・・・・・・・に美咲という存在はいないのだ。


「……は?」


そこでは既に洋服以外は無傷の美咲が立ち上がろうとしていた。


(そう。私は……2度目の・・・・私はこんなところで負けちゃいけないんだ)


自らの勝ちを確信していたゼオルは素早く頭を切り替え長剣を構え直す。


(は?なんであの女は立っている?なんであの女は生きている?なんであの女は治っている?)


頭の中は疑問だらけだったが、確かに脅威なりうる存在を前にして、ここで消さねばならないとゼオルは確信した。


(いや……確かに最初は甘く見て適当に剣を振ってた。だがちゃんと構えて兵士として・・・・・の剣術に切り替えたら攻撃は当たった。そこは確かだ。恐らくだが戦闘経験が無いんだろう。

後考えられるのはなんだ?……異様に強化された力と再生力……最初から武器は持ってないのを見ると……ッまさか魔法使いか!?オイオイオイ…とんでもねぇのが来たじゃねぇか……!)


そこまで考えると、面倒な詠唱などをされたらたまったものでは無いと思い、すぐに突撃を仕掛ける。今度はしっかり最初から全力で。


(不味い……私は人と戦ったことが無い……そこに気付かれた……どうする……?次もまたあの一撃を受けて意識を保てる自信はない)


そうしている内にもゼオルが眼前に迫る。


「……ッこんの!」


美咲は咄嗟に先程までの戦闘の衝撃で偶然手元に転がっている長槍を手に取り、迫る長剣へと滑り込ませるように当て付けどうにか攻撃を逸らせる。


◇◇◇


ーー【カウンター】により

【槍術(小)】を取得ーー


◇◇◇


「はっ!そんなお粗末な使い方じゃ槍は扱えねぇぜ?」


だからゼオルがそう言うのも仕方がなかった。

そうしてそれを好機と見たゼオルは追撃に来る。


「オラッオラッオラァ!」


ー【槍術(小)】ー


(あれ……?どこに・・・どうやって・・・・・、槍を動かせばいいのかが分かる・・・……?)


ーーキィンッ……ガッ……カンッ


そうして全ての攻撃に対して手に持つ槍でいなして見せた


「……は?なんだ……?なんなんだよオマエはァ!」


ゼオルは先程までとは打って変わって、王都で見てきた初級兵士並みに槍を扱う美咲に対し頭に浮かぶのは理解不能、しか無かった。


「お前は最初からおかしかった!!

どうやってここに辿り着いた?

どうやって机を砕いた?

どうやって傷を直した?

お前はどうやってその槍を扱ってるんだよッ!」


「私にも分かんないよ」


美咲がそれらの問いに一言で返した。


「……ッ……クソァ!」


決死の連撃がゼオルから繰り出される。

しかし先程のように美咲はその全てに槍を当てていなしていく。


「分かんねぇ!!何なんだよオメェはァ!……っ!?……ぁ」


追撃のみに思考を置いていたゼオルはそこに転がる机だったものの存在を失念して足をかせた


(えっ?)


ーーザクッ


「ぐっ……あ゛っ……ゴホッ……何でこんな……女に……ぅ」


美咲は自らが握る槍を伝う生温いそれとの感触と、丁度人ひとり分・・・・・の重さに初めて自分が何をしたのか理解した。


壮絶な戦いはほんの少しの塵芥と偶然の積み重なりで呆気なく終わりを告げたのだ。


「……?……え……私は、私は……はぁ……ぅ……っ……」


震える手はその重量に耐えられず槍とそれを豪華な絨毯を汚しながら床に落とす。


「ひっ……」


目の前のゼオルだったものと目が合い思わず壁に背中を擦りながらへたり込む。


美咲は初めて人を殺したのだった。


◇◇◇


美咲が屋敷に突入したすぐ後の屋根上では、


「ミュールさん、ミサキさんは一人で行っちゃいましたけど大丈夫なんでしょうかっ?……」


「大丈夫、だと思いたいです。ミサキは今までわたくしを庇って何度もその危機を救って下さいました。ボアノスの突進も無傷で」


ーードォンッ


最初に何かが壊れる音が響いた。


その後に金属を殴ったような音、床を走る音、なにかが風を切る音が続け様に聴こえる。


「本当の本当に大丈夫ですよね……?」


殆ど泣きながら眉を下げてスゥがミュールに尋ねる


そんな中でもまたひとつガツンッという音が加わり、辺りに一瞬静寂が訪れた。


「大丈夫ですッ……!」


そう言うミュールは自分に言い聞かせているようにも思えた。


しかしそれもつかの間、次は金属同士がぶつかり擦れ合う音が何度も重なった。


(美咲……?今までこんなに胸騒ぎがすることがあったでしょうか……)


「中で何が起こってるんでしょうか……明らかに戦闘の音が聞こえます……!私達も部屋に向かって少しでも手数を増やした方がいいんじゃ……」


「いえ、なりません。ミサキは、私が困るから・・・・・・此処に居ろと言ったのです。私達にできるのは戦闘が終わるまでミサキの指示を守ることだけですわ……」


スゥはミサキと危機を何度も共に乗り越えたミュールの深い信頼となにか他の感情をうっすらと感じ取り、その言葉に従った。


暫くして足元が静かになったのを感じた。

そして何より……


「ミュールさんっ……あの灯りって!」


「不味いですわね……無事だと信じていますが、もし中のミサキに何かあったならあの人数の襲撃に耐えられるか……」


一瞬の逡巡のあとミュールはスゥへ言った。


「……っ……仕方ありません。私達で中を確認しましょう。ミサキにはわたくしが後で謝りますわ。スゥさんはわたくしの後に続きながら回復魔法の準備をお願い致します」


「はい!」


ゆっくりと暗闇の中、足を滑らせないように着実に屋根の上から最上階の小さなバルコニーに降りる2人。そこには硝子が散らばっており、美咲がどうやって中に入ったかひと目で解った。


目の前の割れた窓には帆のマークが描かれたカーテンがまとわりついており中の様子は見えない。


「行きますわよ」


「はい、いつでも発動可能ですっ……」


そうして2人は部屋へと足を踏み入れた。

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