第11話 村の仕組みと衛兵の成り損ない

少年は息を整えると扉の外を確認するとして小さな声で語り出した。この村の仕組み・・・と闇について。


◇◇◇


キナラ村には元々村長がいなかった。だから身分の差も無く皆が平和にのんびりと自分達に必要なだけの農業を営んでいた


その平穏が崩れる兆候はほんの少しの変化だった。

元々村での生活に必要な水は、体力のある若者が最も近い、と言っても往復で2日かかる川まで赴き数日分を汲んで戻り、無くなりそうならまた川へ行くことが常となっていた。

だがそんなある日、大雨の後からある一軒の家の前に水が湧いたのだ。元々僅かにあった地下水脈が成長してた偶然にもその家の前に姿を現した。


その事に村人は喜んだ。当然、貴重な労働力の若者が数人村から離れるだけで影響はあったし何より外には危険も多い。


「これで私の息子も危険な外界に行かなくても済むわ!」


「そうね!この間はヒュプノを見かけて思わず草葉の陰に身を隠したなんて私の息子も言ってましたもの……」


こうしてこの日、村には喜びと安心の声が溢れた。


そうして村人が湧き水に頼り、そこへ噴水を設けてからひと月程が経った頃だろうか。

その家の亭主ギアン・ファーが亡くなった。

元々老いていたので先は長くないことはわかっていた。だが、それでも奥さんを早くに亡くしているのにも関わらず村人に親切にし、いつも笑顔を絶やさなかった人望の厚いギアンの死に村人は悲しみ、村を挙げて葬式を行い、全身が土に埋まる最後まで皆がその姿を見守った。


ギアンが亡くなる直前、息子のゼオル・ファーは王都で3度目の初級衛兵試験に臨んでいた。

ゼオルは幼少の頃からやんちゃで力も強かった。だから村に篭もって農業なんてしたくない、もっと外の世界に自分の力を証明したい、そう考えて父親の反対を押し切り、優れた力の持ち主が働いているという王都での衛兵の採用試験を受けた。


しかし甘かった。いくら王都の初級衛兵とて、ただの村のただの少し力の強い男ごときが、今日明日でどうにかなる様な採用条件ではないのだ。


だがゼオルは諦めなかった。

(このまま帰ったらオヤジに顔向けなんて出来ねぇ、なにより自分の力がこいつらに認められないのが気に食わねぇ)


そう食いついて3度目の衛兵試験に落第したゼオルの元にキナラの伝令から父の訃報が届いた。


思えばここからが最悪の始まりだった。


ゼオルはその知らせを聞いてすぐにキナラに戻り、確かに父が絶命している事実を突き付けられた。


やるせない気持ちと自分は何をしているんだという自らに対する怒りが湧いて仕方がなかった。


「ックソが!」


そうしてもなんの意味もないことを知りながらそれでも抑えきれずに家の壁を強く殴る。拳に血が滲むがゼオルには些細なことだった。


そこからゼオルは憂さ晴らしのように村人に強く当たるようになった。

そして最もやってはいけないこと、父が絶対にしないと決めていたことに手を出す。


ーー噴水の独占権を主張したのだ。


逆らう人間は片っ端から王都で訓練した武力でねじ伏せ、村の人々に見せしめた。逆らうとこうなるぞ、と。


しかしゼオルとて馬鹿ではなかった。

村に水が行き渡らなければ農業も酪農もままならなく村として成立しないことは理解している。

だから王都で見掛けた行商人に目をつけた。

幸いこの土地は肥沃であり、村人にも脈々と受け継がれた知識と技術があるのだ。

村人達に無理やりーー


「オマエらは笑顔で今まで通り……いや、それ以上にいい働きをしろ。そうすりゃ生活に必要な水は分けてやる」


そう言い放った。


そうやって村人が必死に育てた素晴らしい作物や畜産物を見せつけ、この村は笑顔で満ちて素晴らしいと見せびらかして行商人と契約を結び、商売にして自らの懐を潤せばいいと考えたのだ。


そこからはゼオルの思う通りに進んだ。

面白いように村の産物は名を上げていった。


それに村人も成果を上げれば機嫌のいいゼオルから褒美が貰えるので、強く逆らえずに条件を飲んで生活をした。


だがゼオルはある時感じた。まだだ、まだ足りない、と。人は決して満たされることはない器を自らの中に持っている。満たされようとすると直ぐにまた器が大きくなり渇く・・のだ。


そして渇望に身を任せたゼオルは、契約する商人を王都と繋がりのある者に限定した。その方が儲かることに気付いたからだ。今までの地方への行商人は契約を破棄して、王都の通行証を持つ者は丁重にもてなし、契約を交わす。ただそれだけでゼオルの懐は潤っていった。


さらにゼオルの欲望は大きくなり、遂に村人にも悪事を強要した。

ーーそう。いけそう《・・・・》だと判断した地方の商人を村人に潰させ、その商品及び金銭を奪うようになったのだ。

共犯関係になるのことで自らと村人達との繋がりを歪な形で強めた。


◇◇◇


「オイラはそん時初めにボコられた人の息子だ。オヤジはそれでビビってもうゼオルに逆らえない。死んだ目でもう何人も殺るのを見てる……そうやって帰ってきたオヤジは震えながら手を見て笑って泣くんだ……っ……アンタらもここで寝てたら奴らにすぐに殺られるッ!早く逃げるんだッ……」


「……っそんな!だって昼間だってあんなに皆笑顔で、穏やかで!そんな方達が人を殺めているなんて、そんな……そんなの……」


壮絶な村の真相にスゥが顔を青ざめ、恐れて怯える。


「……姉ちゃん達……もうダメなんだよ。もうどうしようもなくこの村は狂ってる・・・・んだ……もうここに居るのは人じゃねぇ……仕事をする人形とそれを使うクソ野郎だけだ……」


(は?こんな子供なのにちゃんと・・・・絶望して、諦めて……その狂気に気付いたっての……?そんなの絶対におかしいよ)


美咲が緩んだ気をしゃんと張り直して集中した時には遅かった。


ー【気配探知】ー


(くっそ、完全に油断したッ!もうそこにいるのが理解わかる……!)


ーー「逃げられると思っているんですか?どうやら子供にはまだ教育が行き届いてなかったようですね……はぁ……ゼオル様とは要相談ですねぇ」


そうして初めに出会った、最もゼオルの恩恵を受け、最も忠実な人形・・である老人が、その後ろに無表情のまま農具を持った若者達を引連れて現れたのだった。


「ヒッ……」


少年が壁を頼りに腰を抜かしながら崩れ落ちる


「後で君は父親と一緒にゼオル様のお宅へ連れていきますから、そこで少し待っていて下さいね」


奇妙な程穏やかに、全く抑揚の無い声でそう淡々と言葉を発し続けるそれに美咲は不気味さを覚えた。


「……ッ!」


美咲はすぐにミュールとスゥを抱えて窓硝子を破って外に転がり出た。

部屋は逃げ出せないように4階を手配されていたがそんなもの美咲にとっては関係がなかった。

硝子の破片も美咲の身体に突き刺さって傷つけるが抱えたスゥがすぐに回復魔法で塞いだ。


◇◇◇


ーー【自己犠牲】により【裂傷耐性(小)】を取得ーー


◇◇◇


(あの子も助けたかったけど手が足りないッ……今はあの老人の言葉を信じて危害が加わることは無いと思おう。とりあえずは2人をこの場から離さなきゃ!……)


だがこの村が今までどこにも漏れずに偽りの安寧を築けたのは村全体が檻のような物になっていたからだ。


だから当然……


(……っ……10人……20人……いや、もっとか。あー、ホント後手後手に回ってるなぁ!!)


周りを囲まれていた。


だが美咲は気付いたのだ。


(あ、そうか理解わかった。こっちから先手・・に回ればいいんだ)


そう考えたと同時にそのまま2人を抱えた状態で村人達を見向きもせずその包囲網を飛び越えた・・・・・


その勢いを利用して夜の村を風のごとく駆け抜け、彼の居る屋敷に辿り着く。


(このままゼオルの所まで2人を連れていく?……いや、でも何か罠がある可能性も……っ仕方ない!)


地面を蹴ると一瞬で屋敷の屋根上に着地し、その裏手側に2人を降ろして


「静かに隠れてて。バレると私が困る・・・・からっ」


そう言って2人の返事も待たずに勝手に駆け出す美咲は本来のそこまでの過程を丸ごとすっ飛ばして明かりの点いている屋敷の最上階にあるその一室に窓硝子をぶち破って侵入したのだった。

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