第10話 笑顔の村
美咲一行は相変わらず他愛ない話に花を咲かせつつ街道を馬車で進む。
「あっ、そう言えば私、以前の依頼でこの先の村にも行っていましたので先にある程度お話しておきますね!すみません……王女様とお話することなんて一生無いと思っていたので色々と興味深くて……あぁっ、今は元、王女様でしたね!ミュールさん……ミュールさん……ミュールさん……ふぅ、早く慣れるようにします!それでは……」
スゥ曰く今から赴く村ーーキナラ村は湧き水や豊穣な土地とその農耕力によって、王都へ赴く数多の行商人と契約を交わし、豊かで幸福な村だと辺りの村々にその名を馳せてるようだった。
少し気になって美咲がミュールに尋ねると、確かに王都へは沢山の行商人が来るが、残念ながらその取引先までは把握してないとのことだった。
「村の規模はヤハトの4倍くらいで、そのほとんどが農耕地ってことだと、大分のどかな場所っぽいね」
「そうですね!ヤハト村には牛も馬も3〜4頭くらいしかいませんでしたが、キナラ村にはもっといて、それらのお世話だけを日々の仕事にする方も何名もいらっしゃいましたよ!」
「なんと!わたくしその様な職業の方に直接お会いするのは初めてかもしれません!もしかしたら王都の食生活を支えてくださっているかもしれないですね……!」
少し興奮気味にそう言うミュールを見て美咲は、元王女様だけどはしゃぐ姿は子供みたいだな、と考えて、いや、と思った。
(違う。ミュールは子供だよ。子供でよかったんだ。なのにそんなことも喜べない程大変で、そんなことにも触れられない程の立場の人間だったんだ……)
だからーー
(ーーもっとミュールの喜ぶ顔、はしゃぐ顔、なにより笑顔が見たい)
その感情が今までよりも確かに胸の中で膨らむのを感じた。
◇◇◇
「「「……」」」
などと考えていた美咲の思いを知ってか知らずか……今のこれだ。
実際、道中では特に危険なことは無かったのだ。
強いて挙げるなら鹿型の魔物ーディアノが道を塞ぎつつ突進してきた事くらいだろうか。
ただそれが非常に不味かった……
その時には美咲が咄嗟に
今の美咲は自分が衝撃を無効化できること、腕力が異様に高いことを知っているので、難なくその魔物を撃退できることも
(あ、これは
しかしすぐに避けられる様な機動力は馬車には備わっていないため、仕方なく、自ら処理に回ったのだ。
ディアノが馬車へ近付くにつれてその健脚から発せられる地面を蹴る音が嫌が応にもミュールとスゥに異常を知らせる。
「何事ですか、ミサキ!」
「な、なにか大きな音がこっちに来てませんか!?」
2人が馬車から顔を出したその時には既に美咲が拳を引いて構えている所だった。
勿論ミュールには美咲がそんなことで死なないことは分かっている。だが分かっていることと感情はまた別なのだ。だから大事な人に魔物が突っ込んでくる様は気が気でなかった。
当然今まで傍にいたミュールがそうなのだから、話だけを聞いていたスゥは驚き、しかし教会で培った技術とその場の勘で思わず身を乗り出して咄嗟に回復魔法の準備を始めていた。
そうして出来上がったのが目の前の
ディアノだったものはその脚から付け根辺りのみを残してそこから上は半円上に爆ぜて無くなり、その後ろには白目を剥いて口角から舌と泡を吹いている千切れた首と、まだ鮮やかな血液を纏いながら直線上に伸びる臓物の数々、殆ど砕けて剥き出しになったあばら骨や脊椎のような白いものが、美咲を基準に衝突地点から扇状に散乱している。
そしてなによりーー
「っ……うぐっ……うぉえッ……けふっ……うっ……」
一瞬で込み上げる吐き気を堪えようとして失敗したスゥ
「…………っ……う」
目の前の惨状と隣で嘔吐するスゥにあてられたミュール
「…………はぁ……」
申し訳なさと反省で思わずため息を吐く美咲だった。
◇◇◇
惨劇の場から足早に移動する一行
「いや、ホントにごめん!……あそこまでしたくなかったんだけどさ、こう、調節と言うか加減というか、それがまだ出来なくて……言い訳にしか聞こえないけど、あれでも弱めにしたんだよ……」
確かに美咲が手加減しなければ綺麗さっぱりデイアノは半身以上が
しかし美咲は状況を理解し過ぎるあまり、一瞬の判断で可能な限り力を弱くしようとした……今はまだその理解の及ぶ範囲で自らの能力が扱えていないことを知らずに。
残念なことに結果としては吹き飛ばした方がまだ
「謝らないで下さいな、ミサキが私たちを庇ってあの様にするのは仕方なかったのは分かっております。むしろ感謝してるんですよ」
「……ぅ……そうですよ……私も気づくのが遅れましたし……なにより気付いたとしても壁になるくらいしか出来ませんでしたし……」
「「分かってはいるんですよ……」」
そのなんとも言えない諦めと達観と後味の悪さを引きずった2人の様子に、自分の普通でなさを感じ、また少し肩を小さく落とす美咲だった。
その日の移動は重い空気の中、誰かがふと話題を振っては一言二言だけ会話のなり損ないが重なるだけのものとなった。
3人が、正しくは主にスゥが調子を戻したのはその晩のことだった。
自らの存在意義を料理に置いているスゥは何がなんでも2人に美味しい料理を振る舞わなければ、と自分を奮い立たせて様々な素材たちを捌いていった。
その事が上手く作用したのか、美味しい料理にミュールが顔を綻ばせ、それを見た美咲がほっとしたように肩の力を抜き、そんな2人を見たスゥもふぅ…と胸がスッキリした思いだった。
「昼間はすみません、ミサキさん、ミュールさん。私まだあのようなものに慣れていなくて……お二人は森で同じような経験をされたようですが、なかなかに来るものがありますね……ははは」
無理をして乾いた笑いと謝罪をするスゥだったが、すぐに美咲がそこに重ねた。
「スゥさん、私、スゥさんと旅をすることになってから言おうと思ってたことがあるんですーー」
ミュールは美咲のその前向きな視線で何を言おうとしてるかを何となく感じ取ったので横で静かに見守った。
「ーーこの3人でいる時はお互い謝らないようにしませんか?……いいかな?ミュール」
「わたくしも同じことを思ってましたわ。ミサキの思うようにして下さいな。それがわたくしの選択です」
美咲はスゥと出会った時から思っていた。
(だってスゥさんいつもすみませんすみませんって眉下げて、全然悪くないのにおかしいよ)
「……っ……ぁ……はぃ……はい!すみまっ……いえ……っありがとうございます!!」
久方ぶりのスゥの笑顔はそうして取り戻されたのだった。
そうして美咲はまた、皆が寝静まるのを見て気づかれないように馬車を出て見張り役をする
ー【気配探知】【不眠不休】ー
(ん?なんか昨日より眠くないし周りの様子がはっきり分かるような……私も旅に慣れてきたってことかなー)
陽が昇り皆が起きる前に美咲は馬車に戻った。
次の日の朝は皆心地よい日差しと朝の土の匂いに目覚めた。
3人は朝食にぱっと済む様にスゥが用意してくれたパンに、木苺の果肉を煮詰めたもの挟んだもの。美咲の世界で言うサンドイッチを味わって直ぐに支度をした。
「さて!2人ともおはよう。それじゃあ今日の移動を始めようか!」
「「はい!」」
メイラの言う通り2日でキナラの村には着くのだが、スゥ曰く昨日は戦闘による遅れと疲弊や一行の気が落ちていたため少し早めに夜の支度をして休んだ。
だからここからキナラの村まではそこまで距離が残っている訳では無いらしい。
「あ、そうだ。昨日はちょっと想定外があったけど2人はよく眠れた?もしそうじゃないならちゃんと言ってね!じゃないと私が無駄な心配するぞー」
美咲はそう言ってじとーっと2人の顔を見つめた。
「ふふっ、わたくしは大丈夫ですわ。なんだか外で寝ることにも慣れてきたような気がして嬉しさすら感じてます」
「はい!私ももう大丈夫ですよ!確かに昨日のあれは衝撃的でしたけど、これからもあの様な場面に遭遇することも少なくないでしょうし慣れていきます!」
「うんうん、それならよし!じゃあ出発!」
◇◇◇
行商人を装うために布で隠された馬車の側面を開けながら、ヤハトの作物を並べて村へ入る一行。
「おぉー、確かにこれは大きいね、門とか妙に凝ってるし」
「そうですね。村の中もなんだか活気に溢れている様に見えますわ」
「キナラは行商人との関係が重要ですからね。村の雰囲気がよければそれだけで好印象ですね!」
キナラ村は小さな家々が綺麗に中央の道に沿って並んでおり、その後ろにはどの家にも小さな牧場や小屋、農場を構えており、確かにたがだか村だろうと思った商人がこの道を通る際に見える光景は圧巻だろう。
「おぉ、いらっしゃいませ!商人の方ですかな?」
村に入るや否や老人が笑顔とともに声をかけてきた。
「はい。私達は主に作物を取り扱っております。仕入先はまだ秘密ですが、なかなかに質がいい物揃いですよ!」
「なんと、そこまで自信を持って仰られるという事は本当に良いものなのでしょうな!少し拝見させて頂いても?」
「はい。勿論どうぞ!」
そうして馬車を少し見てからそのまま荷台の作物を一つ一つ吟味する男性。
「確かに、これは素晴らしい作物ばかりですな!いやはやなんとも良いものですなー……宜しければ今後ともご贔屓にさせて頂くために村長と商談をしては頂けないでしょうか?」
ここで断るのは商人ではないことを証明するようなものだと考えて、美咲はそのままついて行くことを選択した。
そうして道中に村を観察していたが、どの村人も笑顔でせっせと仕事をし、老人も家前に置いた椅子でにこやかにこちらを見ている。
(本当にのどかで良い村だなー、商人じゃなくて旅人だったら少し滞在してミュールたちを休めてあげたかったくらい……ん?)
視界の端を誰かが駆けていったが、あまり気にするものでもないかと思い、そのままその男性について行くと村の最奥、目の前に大きな噴水を構える一際目立つ屋敷にたどり着いた。
「おぉ……この屋敷が村長さんの?」
「はい、そうでございます。なかなか立派でしょう。では私が話をつけてきますので少しばかりお待ち頂いて。それでは」
そう言って慣れた様子で屋敷へと入る男性を目で追ってから
「ふぅ……多分怪しまれてはなさそうだね」
「そうですわね。村長さんと商談にまでなるくらいですから大丈夫でしょう」
「この村の村長さんには以前はお会いしてないのでどのような方なのか気になります!ただこんな素敵な村の村長さんですので心配は要らなそうですね!」
男性が作物を眺めている間、荷台の端でバレないようにとそれらの整頓をしていた2人だがそう言って安心したのだった。
しばらくすると戻ってきた男性は申し訳なさそうに一行に言った
「大変申し訳ありません。ただいま村長は忙しくて手が回らないようでして……明日なら時間が取れるとのことなので、宜しければ今夜はこの村でお休み頂いても宜しいでしょうか?宿代はこちらで持ちますので……」
先程までミュール達を休ませてあげたいと思っていたところに訪れたそんな提案は美咲にとって幸運なものだった。
「あぁ、それでしたら私達も願ったり叶ったりです。実は少しばかり疲れておりますので、泊まるところを手配していただけるだけで十分に助かります!
ですが私達は一介の小さな行商人ですので一部屋だけ貸して頂ければそれで満足です」
「なんと!?本当に一部屋で宜しいのですね?こちらは3人分のお部屋を用意するつもりでしたので、こう言っては悪いですが、それでしたらこちらも助かります」
美咲はこうしてこの豊かな村で夜を越えられることに安心した。
(ふぅ……これで2人を安心して休ませられるね。私が守れる範囲でってことで一部屋にしてもらったし、うん。上手くいってる)
ーー「はぁ……はぁ……アンタら、
ある少年がそう言って部屋を訪ねるまでは……
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