第9話 新入りと旅の楽しみ
メイラは上手く手引きして小さな馬車とその中へヤハトの穀物や旅に必要そうな道具と美咲とミュール用の目立たない服とを入れて贈ってくれた。旅立ちの手向けだと。
(自分で対価は求めない、なんて言っておきながらこんなに沢山のお礼を貰っちゃった……メイラさんには一生かかっても手が届かない気がするなぁ)
穀物の中には美咲のよく知るものも含まれており
(へぇ、こういうところは私の
そんなことを思いながら馬車の手綱を握りつつ、その後ろにミュールとスゥを乗せて美咲はのんびりと街道を進んでいた。
メイラさん曰く森を抜けたこの街道から、更に先へ2日ほど進むと次の村があるらしい。
美咲は逃避行の道中や村などに入っても穀物を売る商人のフリをしつつ王都から少しでも離れるつもりだった。そんな中で食い
そう考えつつ美咲は背後へ投げかける。
「ところでさー、私達あんだけ一緒に頑張ってたけど必死すぎて自己紹介も出来てなかったよねー」
もっともだった。
そこからのどかな街道を、少しの凸凹に馬車と体を揺らしながら、それすら心地よい陽射しと車輪の音が降り注ぐ久方ぶりの緩やかな時間の流れの中でお互いの自己紹介を始めるのだった。
「私は九条美咲。気軽に美咲って呼んでねー!」
「わたくしはミュール・シュタウンと申しますわ。わたくしのことも気軽にミュールとお呼びになってください」
「私は修道女のスゥ・ミルトです!今まで通りスゥさん、でも、なんなら呼び捨てでも全然大丈夫ですよーー」
「ーーって……え?……そう言えば最後にメイラさんも言ってたような……もしかしてミュール・シュタウンさんって、あのグレイヴ王国第2王女のミュール・シュタウンさんですか!?」
そんな穏やかな昼間にそぐわない驚愕の声が辺りに少し響いた
スゥは田舎出身で、両親から「あんたのその力量ならやれる」と口車に上手く乗せられ、その勢いのまま教会本部へと入会試験を受け、あれよあれよという間に異例の若さで教会本部への配属が決まった。
だから1度も王都へ行ったことがなかった。要は世間知らずの箱入り田舎娘なのだ。
スゥは周りの修道女との会話のすれ違いや、本部との伝達の際の自分の持つ外界の知識の足りなさに、これではまずいと思い、日々の業務の中でも時間を見つけては書物を読み漁っていた。
その中に現王都の成り立ちと王族の名前の一覧があったことを覚えている。
だからその姿は分からずとも名前だけは知っていた。
「ふふっ、やはりそういう反応をされますよね。最初のミサキがおかしすぎたんですよ、ね?ミサキ」
「いやぁ……だってその時もミュール助けるのと私の身体のこととかで頭いっぱいだったし。それでもちゃんと考えてたつもりだよ!王女様なのになんでこんなに追い詰められてたのかなーとかさ」
2人の楽しそうなじゃれ合いを眺めつつスゥは浮かんだ疑問をそのまま尋ねる。
「えっとミサキさんは王女様の護衛をしてらっしゃるんでしょうか……?それにしてはこう、しゅっとしてると言うか細身……えっと、華奢と言うか……」
「あはは、スゥさん全然
「ミサキっ!またそんなこと言って……スゥさん、違うんですよ。わたくしとミサキは友人みたいなものです」
ーーチク
ミュールは自分の言葉になにか胸の痛みを感じつつも、気にしないようにして続けた
「なぜなら、ふふっ……わたくし王都から家出してきたんですの!なのでもう王女様などと畏まらなくていいんですよ。第2の人生をただのミュールとして謳歌してますの。もし呼びにくいようならミュールさん、なんて所でお互いの妥協案としてはどうでしょうか?」
非常に困惑して目まぐるしく襲ってくる情報量に圧倒されつつスゥは応え
「えっと、それではミュールさん、ミサキさん、と呼ばせて頂きますね。あとは何やら聞き捨てならない単語がミュールさんから聞こえたような気が……家出がどうとか……お二人の許す限りでいいのですが事情をお聞きしても……?」
そう聞かれた美咲とミュールは顔を見合わせ頷き合い、包み隠さずに全てをスゥへ打ち明けた。
次の村までの時間ならいくらでもあった。スゥに隠し事をしながら一緒に旅はしたくないと、純粋なスゥを騙していたくないと思って2人は
それに対してスゥも自らが教会に見捨てられるに至った経緯を素直に話し、そのまま続けた。
「私の言葉では薄っぺらいかもしれませんが、お二人は壮絶な経験をして、でも今こうして生きて私の前にいらっしゃる。それだけで十分だと思っています」
そうしてスゥは瞳をうるませながら馬車を引く美咲、隣で優雅に腰を下ろしているミュールにその視線を移しながらゆっくり噛み締めるように言葉を紡ぐ
「お二人の境遇も、その優しい性格も、どのような選択をしてきたかも分かりました。だからこそこんな田舎の修道女ごときが……と少し不安になります。ですが、自ら一度決意したことは曲げないよう両親からも言われてきました。なので出来うる限りのお手伝いをさせていただけたらと思います。これからどのような旅路になろうとお二人に着いていき、僭越ながら最大限支えていきたいと考えています」
美咲もミュールもスゥは少し卑屈すぎると思った。
「スゥさん、そんなに自分を蔑まないでいいんですよ。わたくし達も恐らくスゥさんの立場だったら同じように行動してたと思いますもの。特にミサキなんて、そのゴルドさんとやらを再起不能な程に痛めつけてたのではないでしょうか……ね?」
少しばかりの嫌味を含んで、しかしそれを優に超える程愛おしげに美咲へ視線を送るミュール
「もぉー、私だって女の子だからそういうのは嫌だけどさ、流石にそこまで暴力的じゃないよ!丁重にお断りして丁重に腕をへし折るくらいだって。あはは」
ほら、と言わんばかりにスゥへ静かに片目だけ閉じてみせるミュール。
「あー……ははは…… ミサキさんってホントにお強いんですね!」
少しばかりの過剰に明るく話題を振るスゥ。
何の気なしに放ったその言葉に食いつく人物がいることも知らずに。
「そうなんですの!!ミサキは美しいのに格好良くてですね、王都から逃げ出す時なんてわたくしを抱き抱えたまま城下町を駆け抜けて……その時の真剣な瞳と私を抱く腕の強さなんて今でも覚えています。他にもですねっーー」
こうしてこの日の夜までミュールによる「いかにミサキが凄いか」自慢は続き、恥ずかしさに顔を赤くしながら肩に力が入って手綱を強く握る美咲と、若干その勢いに気圧されながらも、自分が振った話題なので、と健気に全ての話に相槌を入れつつ聞き切ったスゥは何故かどこかつかれた様子だった。そんな2人に馬車で街道を移動していただけなのに。とミュールはちょこんと首をかしげたのだった。
その日の夜はミュールにとって久しぶりに楽しい食事だった。
スゥは両親から料理も教わっていたのでヤハト村の上質な穀物を素早い手つきで的確に下準備をし、美咲やミュールにとっては一瞬のうちに野菜を煮込んだスープと表面にこんがりと焼き色がついたパンが出来上がった。
道具はメイラさんのくれた
実は辺境の村では希少な簡易火起こし機も含まれて居たが、ミュールにとっては当たり前、スゥにとっても教会で回ってくる炊事当番ではよく使っていた、美咲に至っては料理ができないしこの世界のことなんて知らないのでメイラの粋な計らいに残念ながら気付けなかったのだが。
それはそうとして、野菜スープはトマトを煮込むことでその色と旨みを引き出し、牛乳を少しばかり足すことでその酸味を程よく和らげつつ旨みをより1段階引きあげて、さらにはじゃがいもと人参、白い根菜のようなものは一口大に手際よく切り分けられ、隠し包丁も入れていたこともあり程よい柔らかさでまるで口の中で溶けていくようだった。
「えと……いかがでしょうか……?」
不安そうに尋ねるスゥ
「え、なにこれめちゃめちゃ美味しいんだけど……」
確かにヤハト村でも食事を施してもらったが、村民がほとんど危険な状態だったこともあり簡易的なものだった。だから美咲にとってはこの世界で初めてと言っていい美味しい夕食にありつけたのだ。
正直言って準備してる段階から美味しそうな匂いはしていたので不安はなかった。むしろ早く食べたくて急かしてしまいそうな自分を抑えていたくらいなのだ。
「美味しいですわ……正直王都で食べていたものと遜色ない、と言ったら失礼ですが、それくらいに美味しいです……スゥさんはどれほどの修行を積めばここまでっ!」
「いやいや、そこまででもないですよ……それにもう少し調味料を調達したり、下準備が必要なものに時間をかけたりすればもっといいものも作れたんですが……すぐ作らねばと考えると、こんなものですみません」
スゥは確かに料理はできた。
これまでは両親から教わり家でそのまま振舞ったり、教会では忙しなく働く上級の修道女や職員たちの貴重な癒しでもあったのだが……両親は普通に褒めてくれたが家ではその味が普通で、教会では忙しさからスゥは褒められたりはされなかった。
なので、自分の料理の腕の具合は分からずとも、スゥは自分に出来ることを最大限頑張る、をモットーにメキメキと
ーー「「これ以上のものも作れるの(んですか)!?」」
そう言う二人の燦々と輝く尊敬と驚嘆の瞳に戸惑うのだった。
(こんなに美味しいご飯が食べられるとは……なんだか打算的みたいで申し訳ないけどスゥさんを受け入れてよかった……)
(美味しいですわ……何よりミサキがあんなに顔を綻ばせている!悔しいですけど今の私には真似出来ないですわ……うぅ……悔しい……でも美味しい……)
(私の料理でこんなに喜んでくれる人がいる!こんなに褒めてくれる人がいる!なんて嬉しいことなんでしょう……これからも2人に報いる為にももっと料理を頑張らねば!)
三者三様の思いを抱えつつ。
なんでもない話にミサキが驚いたり、
ミュールがちょっかいをかけたり、
スゥが簡単な体力回復魔法をかけて2人を感心させたりと賑やかに、そして3人とも非常に満足げにその素晴らしい夜を過ごしたのだった。
だから美咲は周囲に気を配って異変が起きたらすぐに対応出来るように寝ずに見張り番をしていたのを知っている者はいない。
◇◇◇
ーー【自己犠牲】により
【気配探知】【不眠不休】を取得ーー
◇◇◇
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