第8話 賞賛と疑心、人を助けるということ

川の源流から川下まで全て解毒し切った美咲とミュールはどこか達成感を感じつつも村へと戻り、まず初めにスゥさんへ報告と材料の受け渡しをしに行かねばと教会を目指した。


道中の家々を少し覗いたが、しっかりと村の若者たちは看病にあたってくれているようだった。


そうして2人はこの村2度目の教会扉を開く。


そこには2人の少しばかり無茶なお願い通り奔走しながらも迅速に指示を出すスゥとそれに応える若者たちがいた。


「スゥさん!これ、言われていたものです!現状はどんな感じですか?これでどうにかなるでしょうか」


「お二人とも!ご無事でなによりです!村の自警団からお二人が巨大なヴェノマの元へ向かったと聞き、気が気じゃなくて……うぅ……」


その丸くて愛らしい瞳を潤ませながら整った顔立ちを一瞬でいくつも変えながら最後には泣きそうになっている。


「えっと……あはは、何とかなりました!もう川の源流から川下まで解毒を済ませたので元の清流に戻ってます。あとは村の井戸から頑張って毒水を捨てれば完璧です!なので、あとは薬だけなんです。スゥさん、どうです、出来そうですか?」


「……ずずっ……ふぐ……っ出来る出来ないじゃないです。やります・・・・。お二人の努力に報いるためにも」


そうしてスゥの一世一代の決意と今までにないほどの集中力で、自分の休憩時間や睡眠時間など投げうっての努力で翌朝には毒に対する特効薬が完成したのだった。


2人はスゥ達と共に村内の患者たちに次々と薬を処方していった。


そうしてその日の夕方にはとりあえず村民の命を繋ぎ止めることに成功したのだった。


その日の夜だった。もともと症状が軽かった村長が、動ける村の皆を集めて会合を開いた。もちろんその場には美咲と村で借りた布で顔を隠すミュールの姿もあった。


「今回、ワシらの村はかつてない危機に襲われて崩壊寸前まで追い込まれた!しかし皆も分かっていると思うが、そこな旅人の御二方が川の源流に棲む魔物を討ち滅ぼし、更には毒に効く薬の作成まで手伝って下さった!ワシらの村の救世主様だ!ワシらはこの方々に感謝せねばなるまい!そうだろう」


「そこでだ。ワシは御二方へ今季の村の穀物の三分の一を譲ろうと思っておる」


ーーザワ


「いや、待ってください村長!そんなことしたらこの村が更にひもじくなっちまいますよ!」


「それにーー」


「ーーそれにあんな化け物どうやって倒したか分かんねぇですしほんとにこの人たちは信用できるんですかい?」


次々と、ぽつぽつと、そうだそうだと少しずつ声が大きくなる


(……は?この方達は何を仰っているんですの?ミサキが死ぬかもしれない状況になっても諦めないでこの村を救うことを考えていたのに?なのに?……あれは何を言っているの……?)


ミュールは初めて、感じた。あぁこれが怒りかと。全身に力が入り、そのどす黒い感情が血管の一つ一つを回って血が沸騰しそうな程に燃えるのを感じ、歯が砕けそうな程に噛み締めた


ミュールがその怒りを言霊にして彼らへとぶつけようと震える口を開いたその時、


「皆さん!なんてことを言うんですか!この方々は私と共に見ず知らずの子供たちに身を粉にして看病するだけでなく、特効薬の材料まで取ってきてくださったんですよ!?」


スゥの悲痛な叫びが轟いた。しかし、


「だからだよッ、スウさん!おかしいだろ、どう考えたってあんな化け物を一日でぶっ倒して戻ってくるなんて普通の奴に出来るはずがねぇ!」


「それになによりも、こんな辺境の村に急に来てこんなに親切にする奴がいる訳ねぇ!俺らは……俺らの村はもう随分昔に見向きもされなくなって王都の地図からも消えたってんのにッ!」


周りの若者も部外者の異常性と自らの境遇を並べて村長に矢継ぎ早に美咲達は信用ならないと言う


いくら信用するスゥの言葉とて、あの異様な巨躯を前に1度心が挫けた彼らにとっては美咲達の所業は信じられなく、疑うのは無理もなかった。


ーー「あんたらそれが助けて貰った人の態度かい?

エイン、あんたの爺さんはなんで助かったと思う?

リン、あんたの娘はなんで助かったと思う?

サイ、あんたの奥さんはなんで助かったと思う?

……ハジラ、あんたの母親はなんで今こうしてお前の前に立ってると思う?言ってみなッ!!」


見るとそこにはまだ回復し切っていないのか震える足を杖で補いながらも悠然と立つメイラの姿があった。


騒々しさを通り越して怒号さえ飛ぶ広場にその言葉が凛と、しかし静かな怒りを込めて響き渡った。


「っ母ちゃん……だけどよッ!」

ハジラと呼ばれた若者の中でも最も屈強な男が言い返そうとする。


「だけどなんだい。あんたらとあたしたち、これからのこの村を任せていく子供たち、その命を救ったって事実は変わらんだろう!あたしはそんな恩知らずを育てた覚えなんてないよッ!!」


「……っ」


周りの若者もそれらの言葉に静かになり、それぞれ命を救われた大切な人の方へ目を向ける。そこには確かに、ひと時は消えそうになったが、奇跡的に今も鼓動を刻む大切な宝物の姿がある。


「……っ……ふぅ……すまねぇ。確かにそうだ。理由はどうであれ確かに俺らの村を丸ごと救ってみせたのは間違いなくあんた達だよ。すまなかった。それとーー」


「ーーありがとうございましたッ!」


その言葉を告げたハジラと共に村の皆が美咲とミュールに頭を下げた


「っいえいえ、本当に良いんです!なによりみなさんが無事なら身体を張った甲斐が有るってもんですよ!あはは」


ミュールには分かる。それが空元気だと。だが美咲が決死の思いでその身を犠牲にしてでも助けた人々のあの心無い言葉に怒りが沸々と湧いては止まらなく、俯いて握りしめた拳は爪がくい込み血が滲むほどだった。それでも、それが美咲が選択した答えなら、と自分は静かに寄り添うことしか出来ない。


◇◇◇


あの騒動から一晩経ち、翌朝早くに2人は準備を済ませた。静かに人知れずここを去ろうと思ったからだ。

美咲の目からみても明らかにミュールの様子がおかしい。ずっと俯いては拳を握りしめている。多分美咲が押し殺した分の怒りをこの子が全部背負ってることも分かった。


(だから。だから早くここを離れよう、ミュールが決壊してしまう前に)

そう思って2人手を強く繋ぎながら辺りをうかがって村の入口までたどり着いた。

ミュールの握る美咲の手には爪の跡が残っていたが、それすら美咲には嬉しかった。自分のためにここまで怒ってくれる宝物ひとが出来たのだ。


だから言わねばならなかった。辛いけど現実はこうだと。他ならない美咲自身の口から。


「ミュール、気持ちはわかるよ。でもさ、人助けって所詮する側の自己満足で、押し付けで、偽善なんだよ。そのことに対価を求めちゃいけない。それでも今回私はそれを自分で自由に・・・選んだんだ。だから難しいかもしれないけどさ、あの人たちを責めないであげて。あんまり分からないかもだけど私も怒ってるんだ。だから許さなくていい。でも責めるのはお門違いだよ」


反論しようと口を開きはしたがそれをぐっと抑え込みミュールは絞り出すように告げた。


「……っ……ぅ……またミサキが死んでしまうかもしれない、この村のせいでそんな状況になったのに……私にはあの人達を許せる度量がありません……でも……それでも……ミサキが今生きて隣に居て、私に責めるなと言うのでしたら今はその通りにします」


そう言って美咲の腕に自らの手を、腕を大事そうに絡めて抱きしめる。美咲を愛おしげに見上げるミュールは口を震わせ、瞳は潤んで淵は赤く腫れており、恐らく昨晩から泣いていたことが伺える。


「……っ!?……あ、あはは、ミュール、くすぐったいよー」


美咲はその行為と表情に耐えられず思わず抱きしめそうになる衝動を抑えつつ茶化したようにそう言うのだった。


ーー「なーにあたしらの村の入口でイチャイチャしてるんだい。英雄様の本当の顔はこっちだったかい。ひひひ」


そう言って門の端からニヤついた顔を隠そうともしないでメイラがしっかりと歩きながらこちらに声をかける。


「え……?メイラさん!もう歩いて大丈夫なんですか!?と言うよりもなんでここに……」


驚きでそう尋ねる美咲に


「まぁ待ちなよ、親切で愛おしい若者。ほら出ておいで」


ーーササッ


そこには恥ずかしそうにはにかみながら立つスゥの姿があった。


「スゥさんまで!うーん……バレないようにしてたんだけどなぁ」


「年の功を甘く見てもらっちゃあ困るよ 。ひひひ」


楽しげに笑うメイラ


「どうせこんなよく知らん村の為に自分の身を犠牲にするようなあんたらだ。これぐらいにどっかへ行こうとすると思ってたさ。だからスゥに頼んで全力で治療してもらったのさ。今じゃこうして歩いて立って、あんたらと話せるよ。どうしても言いたかったのさーー」


「ーー行ってらっしゃい。勇敢な若者と王女様。貴女達にはこれからも沢山の困難が降りかかるかもしれない。でもそれも含めて全部貴女達の人生だよ。自分の意思で選んで、乗り越えて、挫けて、喜んで、悲しんで……そして何より、楽しみな・・・・


(……あぁ、この人にはかなわないな)


「……っ……ぅ……はい……はい!もちろんです!任せて下さい!!」


美咲は溢れ出る涙を何度も何度も拭ってそれでも止まらなくて、だから諦めて流れ出るままに今できる目いっぱいのくしゃくしゃの笑顔でメイラにそう返すのだった。


「うむ。その意気やよし!これで安心して任せられるね」


「「え?」」


そう言うメイラへ美咲とミュールはお互い頭に疑問符を浮かべた。


「ほら、いつまでそうしていじいじしてんだい」


そう言ってスゥの背中をポンと押し出す。


「わっ……あの、えと……わ、私を旅に連れていってくださいっ!」


そうして話し始めるスゥ。


「私、お二人の行動力と何よりその心に惹かれたんです。

この村には私が薬師として育てた子供たちがおりますし、もうこんな困難に襲われることはなかなか無いでしょう。ハジラさん達も頼りになりますしね。

それにもともと私ここの生まれじゃないんですよ。拾われたんです。この村に。教会本部から追い出された私の居場所になってくれたんです。元から私がいなくても成り立っているんですよ。

だから次は私がいろんな人の居場所を守ってあげたいと、そうメイラさんと相談して、こうして自らの意思で選択して、お願いしています。どうかお二人の清く美しい旅路に私を連れて行ってはくれませんか?」


その力強くも優しげな瞳に真っ直ぐ見つめられた美咲とミュールは2人して赤く晴らした目で見合わせ、当然のように言うのだった。


「「もちろん(です)!これからよろしくお願いします!」」

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