第7話 清流と元凶と自己犠牲
美咲達はスゥを手伝って彼女の煎じた薬を子供たちに施しながら、今の様子だとどれくらいなら持ちそうか、またどうすれば良くなるのかを3人で話していた。
ミュールとスゥの薬草の知識や過去の経験だと、患者の容態からして、もってあと五日だろうと見積もった。
美咲は焦った。あと5日で村の若者が元凶を見つけてその処理をしてさらに特効薬を作れるかと思案したらどう考えても足りないと思った。それはミュールも同じだった。
「スゥさん、毒素に対抗する薬を作るのに必要なものは?」
「えっと……この具合の服毒なら……恐らくその毒素本体と綺麗な水、あとはこれらの薬草があれば毒素に対する作用を持つ薬は作れると思われます」
そうしていくつか材料を提示された。
「ミサキ」
「うん、分かってる。行こうか」
「え?え?どうしたんですかお二人共?」
スゥだけが2人の以心伝心から置いていかれ困り顔でわたわたしている。
「スゥさん、お願いがありますーー」
「ーーこの子達や村の人たちを3日でいいのでもたせて下さい。」
◇◇◇
決意した美咲達の行動は早かった。スゥに川の場所を聞き、森の中へと繰り出し、薬草を摘みつつ数十分でその川のたもとへとたどり着いた。
そのまま川の流れるまま上流へとどんどん進んでいく。
数時間して前方からなにやら騒がしい声が聞こえるのに気がついた。
「あれは無理だ」「誰かが王都か大きな街へ救援要請をしなきゃ」「でもこんな辺境の村のことなんて誰も見向きもしないんじゃない?」「そもそも王都も街も往復で4日以上かかるわよ」「じゃあどうすれば!」
どうやらヤハト村の清流探索組の若者たちのようだった。
「あの!私達ヤハト村のスゥさんから水源の調査を頼まれた者です!」
美咲は怪しまれないように出来るだけ明るく、そうやって真っ向から声を掛けた。
「あい?アンタ達誰だい?背の高い方はヘンテコな服着てるし隣のお嬢ちゃんは随分上等な服きてんじゃねぇか。
スゥさんに頼まれたってんなら信用はできるけどよぉ、アンタ達に
「……?アレってなんですか?特殊な樹木が毒素を流してるとか、悪意ある誰かが毒薬を流してるとかですか?」
美咲に考えうるのはそれぐらいだったのでいくつか案を挙げて尋ねてみるが、返って来たのは想像だにしないものだった。
村民の中でも最も屈強そうな男が答える。
「蛇だよ、
「ミュール、ヴェノマって……」
「はい、分かってます。えーっと、確かにヴェノマというモンスターはいますわ。背丈は身体を伸ばして私の身長ほどしかありませんが、その牙、及び体液から発せられる毒素は数日で人間を死に至らしめるものだったと記憶しています」
「お嬢ちゃんすげぇな、誰かに似てる気がするけど今は関係ねぇ。名前を聞いただけでそこまで分かってんのかい。でもな、残念だ、今回に限ってその情報には
「ーー俺ら大人でも5人分はある巨体なんだよ……」
「……は?」
それは美咲とミュールの目を剥くほどに驚かせるには十分すぎる情報だった。
「いやいや、そんな大きな蛇がいるわけ」
「俺らもそう思ってたさ、でもアレを見ちまったらそんな気も削げるよ……」
(こりゃホントっぽいな……元の魔物から変異したとか?そんな魔物に私達が立ち向かって何が出来る?倒せるの?でもスゥさんやメイラさんに頼まれた以上ここで何もせず逃げ帰る訳には……)
「ミサキ、もしかして巨大ヴェノマを倒そうなどと考えてませんか?」
そんな美咲にそんなことを投げかけるミュール
「え、だってそのヴェノマって言う魔物がが原因で川が汚染されてるんだよね?」
「間違いではないです。でも、毒素さえ川に流さなければ良いんですよ要は……」
「あぁー、
それを聞くヤハトの若者たちは衝撃を受けた。
「アンタら今の俺たちの話を聞いてたか!?とんでもなくデカいヴェノマが川の上で陣取ってんだぜ?どう考えても衛兵を呼んで討伐依頼を出すしかねぇだろ!」
「いえ、それでは村の人達、特に体力のない子供たちの対処に間に合いません。今からでももって5日だとスゥさんも仰ってました」
単刀直入にそう言い放つミュール、しかしその真剣な瞳に誰もが反論を出来なかった。
美咲はそのまま村人たちが静かなうちに提案をした
「そこでお願いなんですけど、今から村へ戻ってスゥさんの手伝いはもちろん、スゥさんの手が及ばない各家のご老人の看病をしてはくれませんか?」
「いや、そりゃ出来るし、やるけどよぉ。もう貯蓄してた分しか水もないしそもそもあんたら2人にどうにか出来るのか?」
「やります。だから待ってて下さい」
(不安だ。出来ないかもしれない。怖い。でも目の前で困ってる人がいるんだ。それを見逃したら今後ずっと頭に残って私の
美咲達はそうしてヤハトの若者たちに別れを告げてさらに上流へと向かうのだった。
◇◇◇
「おー、はははっ……」
川の源流、そこは少し高い台地で湖のようになって水が溜まっており、その中心には見るからに毒だとわかる紫の液体を川へと垂れ流しながらうねうねと移動する巨大なヴェノマの姿があった。
「ねぇミュール、今から私たちあれを退かすんだよね?」
「そ、そうですね……」
((どうしよう))
2人は湖の橋で呆然とその巨体を見ていたが、遂に向こうがこちらへ気付いた。
巨大に見合わぬ速さでこちらで向かってくる。美咲は咄嗟にミュールを抱えて横っ飛びをしてその突進を躱す。
後ろを見るとその牙は木々に刺さって直ぐに抜けたが、その大木は瞬く間に紫に染まり、葉は枯れていった。
(なにあれ。牙に触れたら一発レッドカード退場じゃん……)
「ミサキっ、次が来ます!」
「っと!」
さらにヴェノマの突進を左に避ける。
美咲の瞬速を持ってしてもミュールを抱えた状態ではかなりギリギリで躱せている状態だ。一瞬の油断も許さない。
次の突進が美咲へと向かう。
(よしこれなら右に躱し……っ!?)
そう。今更気付いても遅い。まんまとヴェノマに嵌められたのだ。
1度目の突進で美咲の後ろへ回り込み、
2度目の突進で美咲を湖側へ避けさせる。
そしてこの3度目の突進でさらに美咲を湖の中へぴったり追い込むように避けさせる。
(あっちゃー、魔物なのにそんな賢いなんて聞いてないよ……)
瞬速で移動した美咲は慣性に抗うことが出来ずに湖の中へと飛び込むが、寸での所でミュールをヴェノマより反対側へと投げ出すことに成功した。
(っし!ミュールだけでもここから離せた!)
ーードポン
程なくして紫の毒沼へとその身体を沈める美咲だった。
◇◇◇
ーー【自己犠牲】
により【水中機動】【水中呼吸】【毒無効】【解毒】【投射】を取得ーー
◇◇◇
ーードスンッ
「ったた…はっ!ミサキ!?」
ミュールの視界にミサキはいなかった。
「ミサキっ!?」
そう叫ぶ声に反応したのかヴェノマがミュールをその目に捉えた。
「ッ!?……ひっ……」
怯えて起き上がれずに手の力だけで身体を後ろへずりずりと下がる。そんなものヴェノマからしたら誤差程でしかないのに。間近に迫る死の恐怖が、本能がそうさせるのだ。
思わず目を瞑り、死にゆく前にせめて幸せな時間を、と美咲との思い出をいくつも思い浮かべながら死を待つミュール
だがいつまで経ってもその時は来なかった
「……?」
来るべき衝撃に身を固めていたミュールは恐る恐る目を開ける
「へ?」
こうして何度目だか分からない驚愕がその眼前に待ち受けていた。
そんな奇怪な光景を迎える少し前。
毒沼へ落ちていく中、美咲はひたすらにミュールのことを考えていた。
結構無茶な投げ方したけど大丈夫だったかな。
まだヴェノマがいるのにミュールは逃げ切れたかな。
出来るならもっとミュールと色んな場所でいろんな表情を見たかったな。
そうして消え行くはずの意識を全てミュールに割いてどれだけ経っただろう。
ー【毒無効】【水中機動】【水中呼吸】 ー
「……ん?あれ?これめっちゃ強い毒じゃなかったっけ?」
(ミュールが言うように通常の個体で数日で死に至るならこの巨体ならもっと強い毒素なはず。と言うか私今水……じゃないな毒の中で息してない!?)
その他にも水の中で自由に動ける気配を感じ、またできることが増えたと気付いた。
恐らく今何らかの影響で毒に対する耐性と水中で呼吸ができること、水中での機動性が上がっていることを
(2度目の世界はラッキー続きだねッ!)
ーーゴボゴボッ!
「ぷはぁっ!……」
ー【瞬速】ー
直ぐに辺りを見渡し、ヴェノマの場所とミュールの位置をすぐに把握する。
そこからの行動は最適かつ迅速だった。
ー【剛腕】ー
水中での機動力を生かし、1度潜って気配を消しつつ凄まじい速度でヴェノマの位置まで移動し、自ら地上へ出ると同時に瞬速でヴェノマへ突進を仕掛ける。気休め程度に拳を握りこみその巨体へ向ける。
しかし美咲の想定外が一つだけあった。
その拳が当たった場所がまるでくり抜かれたように巨体から弾け散ったのだ。
「は?いや、たしかに止めようと、注意を逸らそうとはしたけどさ……こんな弱っちいパンチで土手っ腹に穴あくとは思わないでしょ……」
思わず呟きながら自らの拳を見つめる美咲
そうして、ミュールの前には、巨体を地面に投げうちその腹に直径60センチ程の穴を開けながら臓物をぶちまけつつ痙攣して微かにのたうつヴェノマと、その横で毒で服をびしょ濡れにしながらも平然と経つ美咲の姿があった。
二人とも同じ感情だ。
((訳がわからない)ですわ)
ただそれだけ。
「ミサキ、また自己犠牲で私だけ助けましたね?」
ほんのりこめかみに青筋を浮かべてるようか気がするミュールの様子に
「あの、体が勝手に動いて……私にとって何よりもミュールが大事なんだよ……」
「……っミサキはそう言えば私が納得すると思ってますの?」
少し雰囲気を柔らかくしてしまったミュールに美咲は敏感に反応し
「でもさ、2人とも無事だったからいいんじゃない?」
明るく言い放つのだった。
「はぁ……毎回死ぬかもしれない相棒を抱える気にもなってくださいな……」
毒素を含んだ水を採取しつつ、半分諦めたようにつぶやくミュールであった。
一応そうして無事?にヴェノマを撃退し、ついでに何故か美咲が触れたところだけ毒素が薄れていくのを発見したミュールの提案によって、美咲が服を洗うついでに湖にしばらく浸かるだけで川の源流はほとんど毒素が消えていく。突っ立っているだけで周囲の紫が薄くなっていく中で無表情で水に浸かる美咲。
その光景は非常にシュールだった。
思わず笑ってしまったミュールは冷静に美咲に怒られた。それでもミュールは楽しげだったのだが、そうして次の日には1日程美咲が湖で謎の入浴を続け、飽きないようにミュールと他愛ない話をしている内に浄化を完全に終えた。
また、村に帰る道中もその要領で美咲がずっと川に触れつつ下流まで戻ったので正真正銘完璧に村への水は清流へ戻ったのだ。
そう。美咲達は当初の予定にない強敵を乗り越えつつも、当初の予定通りの材料を時間内に村へと送り届けるという離れ
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