第6話 始まりの村と修道女
◇◇◇
ー■■■■ー
「あっはは、順調に面白可笑しくなってるわね……でもあの子はちょっと賢すぎるかなー、
◇◇◇
美咲とミュールゴブリンを撃退したあと森を抜けて少しでも追っ手との距離を空けることを選んだ。
なるべく目に見えて大きな街道を避けつつ、けもの道を伝って進むこと数時間。
美咲は全くもって大丈夫だったがミュールの息が切れかけているのを感じ、そろそろ休もうかと提案しようとした時、目の前が少し開け、数件の家々がぽつねんと立ち並ぶ小さな村が見えたのだった。
「はぁ……ふぅ……ミサキ、申し訳ないのですがここで少しだけ休ませては頂けないでしょうか……」
「もちろん!というか私も疲れたから休むのにちょうどいいところを探してたんだ!いやー、運がいいね」
ミュールの頭の中の地図にもないほどの森の奥の小さなその村は自給自足を主にしており、村の水源は貴重なひとつの井戸のみだった。
家も何軒か建ってはいるが、どこもお世辞でも綺麗な一軒家とは言えないほど、補強や修繕の跡が見て取れるものだった。
そしてなにより村を見つけてほっとした美咲を不審に感じさせたのは人が外にいない事だった。
「ふぅ……どこか休ませていただけそうな場所がないか聞いてみましょうか、ミサキ」
声だけは強がっている風だが足腰に力が入らず、少し俯きながら進むミュールがその事実に気づいたのは美咲に言われてからだった。
「ミュール、この村少し変かも。警戒して」
「えっ?……ん?確かに家はあるし生活の跡も見えますが人が出歩いていませんね」
「そーいうこと。うーん……あまり気は進まないけど私が先頭になって1軒ずつ聞いて回ろうか」
「またミサキはそうやってっ……」
「いやいや、ミュールさん、自分の体調を見てご覧なさいな。足プルプルしてますよー」
「っく……馬鹿にしてますね……うぅ……でも確かに私が前に出ても何の役にも立たなそうですわ……今回は仕方なく、ですからね」
そうして美咲は背後のミュールにも気を配りつつ家々を1軒ずつ訪ね始めるのだった。
1軒目。返事無し。
2軒目。何故か扉は空いていたが誰もおらず。
3軒目。
ーーコンコンッ
「あのー、どなたか居ますでしょうかー」
美咲のその声に何者かの動く音が室内から聞こえた。
さっとミュールを後ろに庇いつつ扉が開くのを待つ。
ーーギィ-ッ
軋む扉を開けながら、
「ゴホッゴホッ……はいはい、どなたですかね……」
青白く体調の悪そうな老婆が顔を出したのだった。
◇◇◇
「えー、情報をまとめると、今このヤハト村の井戸は汚染された水で満たされてて、年寄りとか免疫力の低い子供からどんどん病に寝込むようになってて、数日前にやっとヤハト村の年の若い人達が必死に探して、井戸へ繋がる地下水脈と、それの大元になっている川が何かしらの毒に侵されていることを見つけた、と。そういうことですよね?」
目の前の老婆、メイラは頷き、また1つ咳をこぼしながら
「……もうね、あたしら年寄りはいいんだよ。どうせ死にゆく運命が少し早まっただけなんだから。今1番気掛かりなのは子供たちだよ……ゴホッ」
それを聞いていたミュールには静かに、しかし確かに胸の奥で燻る何かに火が付いた気がした。
「情報ありがとうございます。メイラさん。でもそんなこと言わないでー、ほら横になって。なにかして欲しいこととかありますか?」
美咲はメイラから、孫達若者は昼間は清流を汚した犯人を探しに川を探索している頃だと聞いていたので、少なくとも戻って来るまではこの老婆のそばに居てあげたかった。
「ゴホゴホッ……あんた若いのに気が回るねぇ……もう目がほとんど見えないあたしには顔はわからないけどさ、暖かさは感じるよ、そっちのお嬢ちゃんもね」
「あたしの望みは今ここであたしを看病することじゃなくて、同じように苦しんでる子供たちを見てあげて欲しいんだ。みんな1番大きな建物、教会に集まって薬師の治療を受けてるよ。手伝いを頼んでもいいかね……?」
「わか「っもちろんですわ!」
美咲が答えるより早くミュールが反応した。
(あぁそうだ、ミュールは流行り病で姉を亡くしてるからこういうのには人一倍敏感なんだ)
「ミサキ……いいですよね?」
ミュールは返事をしてからハッとして美咲の顔を伺う。
「もちろん。メイラさんもその方が安心してくれそうだしね」
断る理由なんて万に一つもなかった。
「あぁ、良かった。それではすぐにでも教会へ向かいましょう!」
最後にメイラへ「「行ってきます」」と声をかけて2人は村で1番大きな建物へ向かうのだった。
ーーゴホッゴホッ
ーーウッ……ウゥ……
そこには凄まじい光景が広がっていた。
十名ほどの敷かれた布団の中で苦しむ子供の間を何度も行き来しながら、何度も何度も薬をすり鉢ですりおろしながら懸命に看病をする一人の女性がいた。
その必死さに声を掛けられずに呆然とする2人に先に接触したのはその彼女からだった。
「あっ、失礼致しました。私修道女のスゥと申します。礼拝で参られた方でしょうか?大変申し訳ございません、今教会は見た通りこのように看病の場となっておりまして……」
あまりに慌てた様子で謝ってくる彼女を見て逆に冷静になって美咲は返した
「いえいえ、違います!どうかかしこまらないで下さい。私達は村のメイラさんから子供たちの看病のお手伝いをお願いされてきた只の流れ者ですよ」
スゥはぱっと顔を
(なんだか感情がわかりやすい人だなぁ)
美咲が思わずそんな失礼なことを考えながら返答を待つ。
「えと、確かに村にはメイラという名前の方がいらっしゃいますけど、ホントに頼まれたからってただのこんな小さな村のために教会へ足を運ばれたんですか……?」
もっともな意見だった。
それは誰だって無償の親切を向けられれば少しは疑うだろう。
だが美咲とミュールはお互いに顔を見合わせて頷き、スゥへ返すのだった。
「もちろん!困ってらっしゃるようなので、出来る限りですがやれることはお手伝いさせてください!」
そう。あの誓いの通り、少し反則気味だが。
(私(わたくし)達は自分の意思で、
そう決意を固めた。
◇◇◇
教会本部で修道女をしているスゥ・ミルトには他の修道女にはない特技、幼い頃から両親に教えこまれた薬師としての素質と知識があった。
そんな特異な素質を持つスゥは教会内では貴重な存在で、20歳ながらにそこそこ良い待遇を受けていた。
ーーある事件が起こるまでは
スゥは感情がすぐ顔に出るので嘘がつけない。正しくは嘘をついてもすぐバレるので意味が無い。
そのことを協会の仲間にからかわれたりすることもしばしばあったし、それで笑ってもらえるならいいか、と半ば諦めも入ってスゥ自身もそれで良いと思っていた。
そうして礼拝や教会内の掃除をする日々の中、ある時本部近隣の街から王都まで要人を護衛する手伝いの依頼が教会本部に届いた。
もちろん修道女には武力など備わっている訳では無い。それは依頼主もわかっている。ではなんのために依頼が来ているか。
それは教会独自のルールである、「修道女は希少な魔法使い、さらに回復魔法を扱える者のみ入会を認める」、という狭き門の存在の為だった。
……このおかげでスゥは楽に就職先を見つけられたのは言うまでもない……
要人護衛では魔物との戦闘が発生し、傭兵が傷つくこともあるだろう。そうして用心深い者は教会に回復術師としての依頼要請を送るのだ。
今回の依頼は出発地点の街から最短ルートで森を抜けて王都へ向かうものだった。
そこで白羽の矢がたったのがスゥ・ミルトだった。
教会本部は彼女が薬草の扱いに長けていることを知っているので、途中で魔力切れもしくは魔力の節約をしたい時には道中の森で薬草採取も考慮できる、要は融通の利くスゥの派遣を決定したのだ。
これが最初の
スゥは自分の知識が皆の役に立てることが嬉しくて大変意気込んでいた。周りからも「喜びが溢れてて眩しいよー」などと言われたりもしていた。だからいつもよりも張り切って準備をしたり、友人に回復魔法の練習台になってもらったり、そう。目に見えて空回りしていた。
これが2つ目の
当日スゥは決められた場所に決められた時間ぴったりに準備を済ませて待機していた。
「貴女がスゥさんですね。我々傭兵は職業柄傷を負うことも多いので回復術師さんがいらっしゃるだけで百人力です!よろしくお願いしますね!」
傭兵たちからのその思いにビシッと背筋を正して
「はい!回復なら任せてください!」
そう元気よく返すスゥだった。
さて、この時の護衛対象が不味かった。非常に不味かった。
貴族としても高い地位を築く両親の間で甘やかされ、自由と権力と金を持ったゴルドは女癖が悪かった。好みの女性を見つければ多額の現金を見せつけて食いものにしては次の女性を探し……それを繰り返している内にその悪評は街中で静かに囁かれ始めていた。
そんなゴルドは王都までのこの旅は素晴らしいものになるだろうと確信した。スゥのその凛とした顔立ちと、すらっとしているがメリハリのあるその身体に見蕩れて、是非とも手篭めにしようとこの段階から考えていたのだった。
これが3つ目の
1日目は朝から移動を開始した。ゴルドを乗せた馬車の周囲を囲むように傭兵が配備され、スゥは後方支援用に最後尾の傭兵から一つ手前の位置を維持して街道を進む。
皆見晴らしのいい街道での魔物の遭遇は少ないだろうと思ってはいたが、一応気を張りつつ前進を続けた。
その日は森よりも手前で夜営することとなり、少し街道から離れてところでテントを張って焚き火を囲んで簡易的な夕食を食べた。
その場でもゴルドはスゥに対して「修道女って回復魔法使えるんでしょ?凄いなぁ……」などと言いながら肩を触りつつ半ば無理やり会話をしていた。
当のスゥは教会外をあまり知らないため
(なんだか気さくでいいひとだなぁ)
くらいにしか思わなかった。
特にそれ以上何があるわけでもなく皆で就寝した。もちろんスゥとて女性なので女性の傭兵の方と同じキャンプで寝た。
翌朝も陽が登ると同時に一行は王都への道を順調に進んでいた。
「よし、皆、ここからは森に入る。足場は悪く、魔物と出会うこともあるだろう。今一度気を引き締めていこう!」
そういう傭兵のリーダー格の声に皆で緊張を高めて歩みを進める。
少し進んだところでリーダーの男が歩みを止めて皆に戦闘準備を促した。
ーーコンコンコンッ
特有の木を叩くあの音が聞こえたためである。
その音と共にゴブリンが姿を現し、続いてボアノスと鳥型の魔物ーヒュプノが上空から一行を襲い始めた。
「よし、戦闘開始だ。くれぐれも馬車に魔物を近付けさせるな!」
「「はい!」」
大盾を持つ衛兵は上空からのヒュプノの攻撃を受け止めつつ短剣でその翼を切り付ける。
大剣持ちの衛兵は正面からぶつかってくるボアノスを足場の土を後ろに削りつつなんとか受け止める。
ゴブリンは双剣使いの衛兵がまず初めに片腕を切り裂き、さらに猛攻を止めずそのままの勢いでゴブリンの胸元を刺し穿つ。
大槍使いは大剣使いが受止めたボアノスが体制を立て直す前にそのお腹を目がけて渾身の突進とともに突きを繰り出す。
翼を切りつけられて地上へ落下したヒュプノにはもう1人の大剣使いが大きく振りかぶってその体を両断した。
一行は完璧な連携の元滅多に起きない魔物3体との同時戦闘を難なく成功させたのだった。
これが4つ目の
こうして歴戦の傭兵達は見事な連携で無傷に馬車をまた囲むように位置取り、進行を進める。
ここでスゥは自分が働くことはなさそうだな、と感じた。
だからゴルドの「スゥちゃん、もしやることがないようだったら私の近くで護衛をしてくれないかい?」と馬車の中に招く声になんの疑いもなく乗ったのだ。
ゴルドはほくそ笑んだ。周囲の衛兵は先程の襲撃で周りに気を張っているだけで、馬車内を確認する余裕はない。
だから、のこのこと入ってきたスゥを舐めるように足元から頭の先まで眺めて隣に座らせると同時に太ももを撫でつつ、「スゥちゃんって可愛いよね……男なら置いておかないんじゃない?実は協会の外ではやる事やってるんでしょ?じゃあ僕にも奉仕してよ。お金ならほら、これだけあるからさ」
そう言ってお金の束を今までそうしてきたようにスゥへ押し付けつつ、さらにその手を伸ばしていくのだった。
これが最後の
ーーッパァン!
「っやめてくださいッ!」
だからゴルドはそういう反応をさせるとは夢にも思っていなかった。
そして自尊心を傷つけられた彼はスゥを罵った。
「ってぇなぁ!おい、クソアマ、この僕の顔になに傷付けてくれてんの?金渡したんだから僕の自由にさせなよ!」
スゥの腕を掴み引き寄せようとするゴルド。しかしスゥを甘く見ていた。
彼女は前日までの念入りな準備で念のためにと、魔物避け用の強烈な匂いと痛みを引き起こす粉塵を調合して持ち歩いていたのだ。
それを咄嗟の勢いでゴルドの顔面目がけて投げつける。
「なんだこれ!?くっさ……痛っ!痛い痛い痛い!!」
ゴルドはなりふり構わず暴れ出し、ついに馬車の外へ転がり出てしまった。
傭兵はそれを見て驚き、何があったのかとゴルドに尋ねた。
「あの女だ!あいつが急に俺の顔によくわからん粉を投げつけてきて、それから顔が焼け爛れたように痛いんだ!早くあいつをここからつまみ出してくれ!!」
そう言われた傭兵は馬車の中を除くと半ば放心状態で口の開いた何かの袋を持つスゥが座っていた。
「貴様、ゴルド様に何をしたんだ!上級貴族に狼藉を働いたとなるとただでは済まぬぞ!?さっさと馬車を出ろ!貴様をもうこの護衛に連れて行くわけにはいかん!ここで解雇だ!」
貴族からの寄付金でその財源をまかなう協会にとってその御機嫌を損ねることは死活問題であった
ーー「教会には連絡を入れておく!今後貴様の籍は無いと思え!」
だからその言葉にスゥが絶望するのに時間は要さなかった。
そうしてあっという間に馬車から引きずり出され、山中に投げ捨てられるとともに、馬車は素早く走り出し、有無も言わせぬ勢いで一行は森を抜けていくのだった。
(私はなにか間違えたことをしたのでしょうか
私はあの時素直に身体を差し出せばよかったのでしょうか
私はこれからどうすればいいのでしょうか……)
そうして森の中で思い詰めてぼーっとするスゥに声をかける者がいた。
「お嬢ちゃん、こんな森の中で何も持たずにどうしたんだい?」
ヤハト村で唯一の教会を任されている年老いた修道女だった。
そこからはあっという間だった。教会本部から正式にヤハト村への左遷命令が届き、正式にヤハトの教会の修道女となった。また先代の老いた修道女は程なくして亡くなったため、ヤハトの教会には実質スゥしかいなくなったのだった。
しかし元来のスゥの人見知りのしない性格と、喜怒哀楽がそのまま表情に出る愛らしさですぐに村に馴染み、またお守り代わりに狩りに出る両親から子供を教会へ預けられることも多かった。
だからこそ今回の騒動ではなりふり構わず率先して子供の面倒を見ようと奔走したのだ。
愛する人と愛する子供たち、そして自分の居場所を作ってくれた愛する村を守るために。
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