幕間1 少女のいない王都とあの子

今のグレイヴ王国にとって第1王女のセシルが亡くなった後なのもあり、第2王女のミュールの価値は高い。


しかし王城の誰もが思っていた。今のミュール様に今後この国を治めるだけの力も知識も威厳も、何より、心の余裕が無いと。


だが、いや、だからこそ弱っていくミュールに関係者はあまり干渉することをやめたのだった。

部屋の前の衛兵もミュールが入浴する際や御手洗を申し出た時は大人しくその他場所の巡回に切り替えたし、給仕人も部屋の中のミュールに声をかけ、声が返ってきた時にだけ食事を部屋の前に置くようになった。


ようは城内の皆が時が経つにつれ、腫れ物に触るようにミュールに過干渉になることを避けたのだ。それが自分達が出来るミュールへの最大の配慮だと思って。


ミュールは頼り方を知らなかった。

寂しさや虚しさ、助けて欲しいなどの思っていることなど、人の感情は言葉にしなければ伝わらないのに。


そうして皆が勝手に落胆し、ミュールから距離を置く中で唯一そのそばに寄り添おうとする者がいた。エリスである。


エリスだってセシルの死は悲しかった、どうやって乗り越えればいいかなんて分からなかった。


しかしそんな最悪な中でも幸いなことに、エリスはまだ幼かったこともあって、ミュールのようにセシルとともに走り回ったり勉学について語り合ったりは出来なかった。思い出がミュールより少ないのだ。


そんな寂しさを抱えたまま歳を重ねたエリスは、ミュールがセシルの代わりになろうなどと決意を固めてる事など知らず。セシルと共に出来なかったことを、今やただ1人の姉であるミュールと重ねて、求めて、共に育ったのだ。


がむしゃらなミュールとて周りを気にしなかったことなんてない。むしろ生来その性格は変わらなかった。

だから勉学について尋ねたり、少し気晴らしをしませんか?などと言ってくれるエリスは愛しく、数少ないミュールの癒しでもあった。


今思うとエリスとミュールは互いにセシルを亡くした悲しさを補っていたのかもしれない。ただ、その頃はミュールもセシルもそれぞれ精一杯に自分の信じること、やるべき事、やりたい事に翻弄されていたのだ。


そんな中だが当然姉のミュールがある期を境に少しずつ元気を無くし、憔悴していくのにエリスは誰よりも早く気が付いた。


だが気が付いただけで何も出来なかった。

今までより沢山声をかけるようにした。今までより近くにいるようにした。

今までの誰より姉のことを褒めるようにした。


それでも弱っていく姉を繋ぎ止めることは出来なかった。そうして一年弱が過ぎた頃だろうか。エリスはいつもの様に姉の部屋へ赴いた。


「姉さん、本日の調子はどうですか?お食事は食べられましたか?」


そう聞いても偶にしか声が返ってこないことも知りつつ声をかける。これでも城の人間の中では自分が最もこの状態の姉と話せているのは自覚している。

だから続けて、衛兵に聞こえないように小声で扉の隙間へ明るい話題を振ってみた。


「ふふん……なんとですね!以前私がお城の裏庭に隠れて植えたお花が咲いたんですの!もし良ければですけど、一緒に見に来てはくれませんか……?」


普段はエリスが何かを尋ねると、給仕人や衛兵のそれとは異なり、調子が良くないなら否定を、動けそうなら小さな肯定と共に一緒に外に出られることも少しだがあった。


だから誰にもわからない違和感を気づけたのだ。


「姉さん?」


声は返ってこない。


ーーコンコン


「姉さん?大丈夫ですか?」


ーーコンコンコン


「姉さん!?部屋におりますか!?」


衛兵もその異変に気付き、エリスと共にミネア女王陛下へ事情を伝え、鍵を受け取り、ミュールの部屋を開けた。


そこに姉の姿はおらず、握り絞めて端に皺がよって丸まった布団と大好きな姉の香りだけが残っていた。


ミュールが失踪したと周知された城内は慌ただしく巡回が行われ、普段使われていないような部屋や倉庫までくまなく探されたが、それでもミュールは見つからなかった。


もはやミュールは城内には居ないと判断したミネアとウルドはその捜索の範囲を城下町へすぐにでも広げようとした時、その報告が玉座の間に届いた。


「女王陛下!城外裏庭にて何者かがミュール王女を攫って城下町へと逃げ出したとの報告を給仕人から受けました。確かにミュール王女だと確認すると共に、その何者かは城内の誰でもなかったとの事です!」


ミネアやウルドだって親だ。動揺もするし心配や攫った人物への怒りもある。


しかし女王と王という身分がそれを外に出すことを許さない。


「そうですか。ならば城内の捜索に割いていた人員を出来るかぎり城下町への捜索へ回し、街道だけでなく裏道も捜索範囲とし、詰所の取り締まりを強化しなさい。捜索の指揮はウルドに任せます」


だからエリスはそう淡々と告げる自らの親に冷淡さを感じた。

この人は何も思わないのか、もっと取り乱したりはしないのか、と。


「っ!母様!私にも姉さんの捜索をさせて下さいまし!」


しかし返ってきた言葉はあまりにも冷酷で、しかし最もエリスを抑えるのに足りうるものだった。


「なりません。今の貴女はこの国唯一の女王候補となるやもしれないのです。自らの身分と行動に気をつけなさい」


「っ……父様!!」

縋るように父に許可を求める。


「エリス、不安な気持ちもわかるが、今は私と衛兵を信じてくれないか?」


エリスとて国の最上位の2人にそう言われては身動きが取れない。


(その衛兵が甘いから姉さんが攫われたというのにどうして信じられますの!?)


エリスは口に出せない怒りで唇を強く噛みながら


「承知致しました。取り乱してしまい申し訳ありません。自室に戻りますわ」


そう言って肩を深く落としながら玉座の間を後にする。


「女王陛下!ではウルド王とともにすぐに城下町へと捜索に向かいます!ウルド王!指揮をよろしくお願い致します!」


「分かった。久しぶりの兵士長らしい仕事だが、絶対に気は抜かんし、ミュールを見つけてみせる」



そうして。

人知れず、女王のみとなった玉座の間には項垂れ、頭を抱えて酷く動揺するミネアの姿があった。


◇◇◇


エリスは自分の母も父も、国の上に立つものとして尊敬している。今までもその聡明な頭脳と冷静な判断でこの国の安寧を保ってきた。

今この国の民達が安全でのどかな生活を送れているのはシュタウン家の才能と努力のおかげなのだから。


(薄々感じていましたわ。ミネアは母である前に女王・・なのだと)


以前セシルがその身を犠牲に国を救った時も、薬の供給網と材料の調達、調合師の招集などの事務仕事を何より優先していたのを幼ながらに覚えている。


でもエリスはあの頃とは違う。

聡明なミネアの血を少なからず受け継いでいるのか齢16にしては周囲の貴族よりも賢い。


だから部屋に戻り冷静になった今、母のあの立ち振る舞いは分かる・・・。ただ、感情が理解してくれない・・・・・・・・のだ。


(母や父を責めるのはお門違いなのは分かっています。でもそんな侵入者を許すような王城に信用なんてできません……)


申し訳なく思いつつも、親愛なる姉を失った喪失感と憤りの向け先が分からなかった。


(衛兵は姉さんは何者かに攫われたと言っていましたわね……という事はこの王都に嫌気がさして自ら逃げた訳では無いのですね……それだけが私にとって救いかもしれません)


だからこそエリスの、今では唯一の親愛なる姉を攫った極悪人を野放しにしておけない。一刻も早く姉を助けて引き戻したいという思いは時を重ねる毎に大きく膨らんでいくのだった。

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