第3話 王都脱出作戦

少しの自己紹介と大きな理解を互いに済ませたあと、話はこれからどうするか。という流れになった。


「えっと、ミュールさんは死にたいくらいにこの場所にいたくなかったんですよね?」


「はい……。」

少し肩をこわばらせて俯きながらこちらの問いかけにミュールは答える。


(さて……どうしたものかなぁ……私も一度捨てた命、どうにでもなれって感じなんだけど……)


「んー、とりあえず逃げちゃいますか?」


「はい?……今なんと?」


「いや、辛いなら一緒に逃げませんか?

私の脚力とミュールさんの頭の中の王都の地図があればいける気がするんですけど」


ふと美咲はそんな提案をしてみた。美咲が生前できなかった選択だ。辛いことから生きながら逃げる・・・・・・・・

もしかしたらこのお人好しで愛くるしい王女様となら出来そうな気がしたのだ。


「確かに……先程の異常な脚力とわたくしの知識があれば出来ると思いますけど……いいんでしょうか……いえ、いいんですよね。なんせ私は1度死んだようなものなのですから。」


1度大きく息を吸うミュール

「そう、私はもう第2王女のミュール・シュタウンではありません。個人の、ミュールです。今は無理でもいずれ新たな自分の居場所を見つけてみせます。」


そう宣言した後にへにゃっと顔をゆがめながら

「私なんかにそんなこと出来るんですかね……」

ともう一度肩を落とすミュールだった。


そんな姿を見て

(まるで自分を見てるようだ……自己を認められなくて、でもどこかで安らかに生きることを望んでいるような……)

美咲はより一層気合を入れ直し、この王都脱出作戦の打ち合わせに乗り出すのだった。


◇◇◇

この王都を脱出するにはまず王城から抜け出さねばならない。


そのためには今いる普段使われない地下倉庫から出て1階まで上がり、衛兵の目を盗みつつ城下町まで脱出しなければならない。


そして城下町では王女の顔が当然割れているので出来うる限り裏道を伝って2つある城門のどちらかの詰所を抜けていかねばならない。


「うわー……並べると結構難所がありまくりですね……」

美咲は思わず頭を抱えそうになる。

いくら美咲が常人離れした機動力を持っていても、ミュールが王都から脱出するまで見つからないようにするのは難しかった。


まず無駄な脚力は細かな移動の邪魔になる。そしてミュールは良くも悪くも目立つのでそれに連れ立って王都まで脱出するとなると各所の見張りの目を全て掻い潜らねばならない。


(いくらミュールさんが地図と衛兵を把握してるとはいえ、誰にも見つからずってのが厳しいなぁ……でもその方が脱出し甲斐が有るってもんだよね)


負けず嫌いの美咲は熱心に衛兵の場所と巡回する時間、脱出ルートを教えてくれるミュールの話を聞きながらそう思っていた。


「さて、こんなものですかね。ミサキは何かわからないところや不安な点はありますか?」

先ほどよりどこか吹っ切れたようなミュールがこちらに尋ねてくる


「えーっと、確認ですけど、この地下倉庫から出る時に階段に1人、王城1階に3つの扉の前にそれぞれ1人、隠れられる柱は有り、城門までの道は見張り塔があるから正面からじゃなく城の裏手のミュールさん達姉妹しかしらない秘密の抜け穴を使って逃げる。これで合ってますか。」


「そうなりますね。ミサキは切り替えと覚えるのが早くて少し驚きました……問題は衛兵をどうやって躱すかですわね。これに関しては、階段と扉の前はそれぞれ交代時間が決まっているのと、扉の前の衛兵は常にいる訳ではなく、少し周りを巡回するような配備になっているので、その動きに合わせて柱から柱へ移動すれば理論上は見つからないと思われます。」


「となると出来るだけ静かに柱から柱へ素早く移動するかですね。ここで私の出番なわけだ。」

よし、と気合を入れる美咲。


ミュールはそんな美咲を頼もしく思いつつ、さらに説明を続ける。


「そして、城を抜ける際にも同じような方法で、衛兵の交代時間のわずかな隙を見てキッチン横から裏庭へと抜け出します。

そこからは簡単で裏庭の更に奥、生垣の隙間を縫ったところに人ひとり通れる抜け穴があります。ここを抜ければ城下町です。」


ですが……とミュールは続ける

「わたくし城下町の現状は王城ほど詳しくはないんです。落胆させて申し訳ないのですけれど、ただ地図は頭に入っておりますので。」


どうやらミュールは生まれてこのかたあまり城から出たことがないようで、城下町も地図と、年に1回ある両親と共に回る建国パレードで見た程度の景色の知識のみらしい。


(そこまで王城に缶づめとは……王族っていうのもやっぱり大変そうだな)

美咲はそう思ったが、それも生まれは選べないため仕方が無いと割り切って話を聞いた。


「じゃあとりあえずミュールさんが知ってる大通りから少し離れた小道を伝いつつ出来るだけ早く城下町を掛け抜ければいいってことですね」


「一応そうなりますね。ただ詰所だけは力押しでどうにかなるものではありません。なので、提案なのですがーー」


ミュールは少し考えるような仕草をしたあと


「ーー私を抱えて城壁を登れませんか?」

そう美咲に提案するのだった。


◇◇◇


美咲達は地下倉庫から抜け出し、階段付近で上の衛兵が交代するのを待った。

「なんだか少し心が踊るような気がします……久しぶりの冒険の予感が」

ミュールは恥ずかしそうに小声で言う。


「私もゲームならまだしも現実でこんなことするの初めてだけどなんか、ドキドキする……」


げーむ……?というミュールのつぶやきを置いていくように2人は階段を駆け上がる。正確には飛び上がって登った。


そこから直ぐに1番近い柱の裏へミュールを抱き抱えつつ移動した。


「この格好結構恥ずかしいですね……」

ミュールが小さくなる、

「ちゃんと捕まっててくださいね!……」

小声でそうやり取りをしつつ扉の衛兵が巡回するタイミングを見計らう。


「……よしっ!」


柱から柱を2歩程で駆け抜ける美咲たち。

衛兵は正面を向いてのんびり暇そうに城内を巡回している。


(平和ボケっていうのかな……こういうの。でもラッキー、これなら行ける!)


当初の予定より少しだけ遅れたが、上手く城内の衛兵を躱しつつ今の時間は使われていないキッチンの近くから裏庭へと出ることが出来た。


「よし!とりあえず外には出られましたねミュールさん!……」


「そうですね、ただまだ気は抜かないでくださいね、ミサキの脚力は信用してますけど。……」


相変わらず小声で言葉を交わしながら今度はミュールを下ろしてできるだけ静かに2人で裏庭を抜けて、秘密の生垣までたどり着いた。


ーーガサッ!


「「っ!?」」


近くの木から音がした。

思わずミュールを庇うように立つ美咲


ーバサバサ


「はぁ…なんだ鳥かぁ…」

「ふぅ…」

2人でふと胸を撫で下ろす


ーードサ


「「へ?」」


「……え……?誰だいあんた?ミュール王女様もいるじゃないか……まさか、人さらいかい!?」


「衛兵さーん!!人さらい!人さらいだよ!!ミュール王女様が攫われてるわ!!!」


キッチン横の通路を歩いてきたのだろう、給仕服を着た女性が 裏庭のゴミ置き場へ姿を見せたところだった。



(しまった……城内で少し遅れたことと鳥の件での遅れが重なってごみ捨ての時間に少し被ってしまいましたわ……)

実はミュールの案はかなりギリギリの時間設定で成り立っており、美咲を心配させまいと理路整然に手順を話してはいたが、ミュール自体不安ではあったのだ。


「まっずい、ミュールちょっとごめんね!」


「きゃっ」


美咲は生垣の奥へとミュールを押し込んで自分も勢いをつけて外へと抜け出す


そのままミュールを抱えて全速力で走り出す。

「ミュール、次どっち!?」


「えーっと、今はここら辺なので…次左でそのまま横の路地に入って!」


「次は!?」


「ちょっと待ってください!えー、そこをまっすぐ行ったら突き当たりを右に曲がると詰所前の道に出ます!」


「了解!じゃあここ出たらすぐに上飛ぶからしっかり捕まっててよね!」


美咲達は衛兵との差を凄まじい勢いで離しつつ、詰所前の城壁へとたどり着き、そのままの勢いを助走に変えて大きく城壁を蹴り上がり外界へと勢いよく射出された


「あれ……?やっちゃった?」


そう、勢いよく射出・・・・・・されたのだ。


それもその通り。転生してから今までにない助走距離で城壁を駆け上がったのだから。


「「ひゃーーーーー!」」


城壁をゆうに超える高さからミュールを抱き抱えながら落下する美咲。迎えくる振動に備えて力む。


ーードスンッ


確かに落ちた音はした。そう。音がしただけで美咲は目を回すミュールを抱えたまま両足で地面に立っていた。


(あぁ、そうだ、これもあったよね……てかこの高さも大丈夫ならどこでも落ちれるじゃん……)


そんなことを考えつつも後ろでざわめきが起こるのを感じて急いでミュールを起こしつつ全速力で走る


「ミュール!ミュール!ほら、もう外出たから大丈夫だよ!だからここからの道教えてーー!」


2人の大きな最悪の決断から始まった小さな逃亡劇は慌ただしい幕開けを迎えたのだった。

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