第3話
私は決して振り返りません。
魔竜に出会うまでは足を止めません。
ですが、本当は、諦めているのです。
身を護るための防具をなに一つ装備せず、戦うための武器もなに一つ持たず、魔竜境で魔竜を探すなんて、不可能だと分かっているのです。
でも、泣いてしゃがみ込んでいては、ミアの思うつぼです。
わずかな、本当にわずかな可能性でも、戦わねば願いはかないません。
本心では諦めていても、前を向いて、前進します。
心だけはミアに負けません。
死ぬにしても、前のめりでしんでみせます。
「ギャオゥオォォォッオ!」
身の毛もよだつ叫び声です。
魔獣が現れました!
残念ながら魔竜ではありません。
コボルトです。
百四十センチ程度の身長で、狗の頭をした体毛の長い人型魔物です。
魔竜境にコボルトがいるなんて初耳です。
ミアが私の耳に入れないようにしていたのでしょうか?
私が魔竜境に入る前に自害しないように、情報を隠蔽していたのでしょうか。
ミアならそれくらいはやりかねません。
私に屈辱を与えるためなら、どのような卑劣な手段でも平気でやります。
本気で戦わないといけません。
コボルトに犯されるなんて、絶対に許容できません!
もっと強力な魔獣が現れるまで魔力は温存しておきたかったのですが、汚辱に満ちた死を迎えるのだけは嫌です!
「火弾!」
先代ブレットソー公爵が私に教えてくれた切り札、それが魔法です。
少ない魔力で敵を倒せるように、火の魔法呪文を唱え圧縮する。
敵の急所を的確にとらえることができたら、実力差も覆すことができます。
ミアが国王や王妃から国一番の魔防具を与えられてなかったら、この魔法で殺すことができたのに!
「ぎゃぅふ!」
「ギャァ!」
「グッフ!」
近づかれる前に、できるだけ手前で、冷静に対処できるうちに、全滅させます。
五十頭前後のコボルトの群れです。
一斉に襲い掛かってきたら、実戦経験のない私では、冷静に対処できません。
できるだけ遠くで斃さないと!
心臓が早鐘のようにドクドクとうちます。
冷たい嫌な汗が背中を伝います。
風上にいるコボルトから、饐えたような臭いが漂ってきます。
悲鳴や掛け声が耳障りです。
背後に回り込まれないように、急いで呪文を唱え精神を集中させます。
半分は斃したのでしょうか?
緊張のせいか、耳の奥がキーンとします。
魔力が限界なのでしょうか?
王宮で密かに練習していた時には、もっとたくさんの火弾を使えました。
視界がかすんでいます。
子供を産む道具にされるくらいなら、自分の心臓に火弾を撃ち込んで自害します!
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