第25話 追及は免れない

 暗くなりつつある河川敷には既に人が集まっていた。晴奈と夏音はその中に紛れて座り込むと、鼻緒で擦れた足が少し楽になってほっと息を吐いた。そうして一呼吸置いたところで、夏音が顔を真横に向けるようにして晴奈を見た。その目は非常に真剣で、まっすぐに晴奈を貫かんとする。


「……な、なに?」

「何じゃない。もうここまで来たら誤魔化されないからね。花火までまだちょっと時間あるし、ちゃんと説明してもらおうじゃないの」

「言ったじゃん、さっきのはその……親戚だって」


 夏音がにっこりと笑う。美少女だ。こんな子がいたらナンパの一つや二つしたくもなるのかもしれない。しかしナンパのせいでこんな風に追及されることになっているのでやはり許せない――晴奈は楽しい夏祭りを邪魔したナンパの二人組に再び怒りを抱いた。そうしている間も夏音の視線は晴奈から外れない。


「今まであんな親戚の話聞いたことないよ。亜里珠ちゃん以外の話自体あんまりしないけどさ」

「私も最近知ったんだよね。こう、海外放浪してたみたいな感じ?らしいし?」

「へぇ。じゃあ最近日本に帰ってきて、晴奈と知り合ったの?」

「そうそう。なんかすごくフレンドリーで。やっぱ海外暮らし長いとああなるのかなぁ、なんて……」

「名前は?なんていうの、あの人」

「……あー、えっと」


 カスミさん、と言おうとしたところで夏音は『かしゅみ』を知っている。いくらなんでも気付くだろう。先ほど二人の前に現れたカスミはかしゅみと同じようにアシンメトリーの黒髪とミントグリーンのストール――かしゅみのアレはリボンだが――がトレードマークだ。唇の斜め下の辺りにあるほくろだって一緒だ。夏音は決して鈍感ではない。


「あー……」


 結果として、口から出てきたのはうめき声だった。夏音は意地が悪いくらいに良い笑顔で晴奈を見ている。「やっぱ何か隠してるでしょ」と確信している声音で追い打ち。晴奈は再び言葉にならないような声を絞り出した。


「ちなみになんでそう思うの?何か隠してるって……いや、そりゃまぁ今の私は挙動不審だと思うけど」

「まぁね。なんやかんや付き合い長いですから。もちろん挙動不審なのが一番の理由だけど、普段晴奈はああいうシーンで絶対声出したりしない。特に相手は大きめの男だし。で、お兄さんの方もやたら晴奈に親しげだった。だからかな!特別な関係なのかなって思っちゃうワケよ」

「よく見てるねぇ……」

「褒められるのは嬉しいけど話戻すよ。で?どういう関係?」


 カスミは、自分の正体は内緒にして欲しいと確か言っていた。それを裏切ってしまうのも、これ以上夏音に隠し事をするのも、どちらも晴奈は嫌だった。カスミにはあの状態で待たせているという負い目があるし、夏音には単純に正直でいたい。そして――カスミの正体を話すことで夏音をなにかに巻き込むことにはならないだろうか。カスミは『悪魔』なのだ。その名称を名乗り、狙われていると言う以上、良い存在とはどうしても言い切れないのだ。

 そんな風にぐるぐると考え事をしている晴奈の顔をじっと見つめていた夏音は眉を下げて少々わざとらしく両手を挙げた。


「降参。そんな泣きそうな顔しないでよ。ごめん」

「そんな顔してる……?いやその、夏音ちゃんのせいじゃなくて、私が優柔不断なのがなんかもう、自分で嫌になったというか……」

「こら。そうやって自分を責めないの。……どうしても話したくないならそれでもいいよ。あたしも興味本位で聞いてるだけだし」

「……うん。でも、でもね。私、夏音ちゃんにあんまり隠し事したくないし、危ない目にも遭って欲しくない。だから……話せることだけ話す。聞いてくれる?」


 夏音は数度瞬きをした後で神妙な顔になった。それからゆっくりと首肯する。


「……あのね、あの人はカスミさんって名前で……かしゅみ君の本当の姿なの」

「は…………はぁ!?えっ、一つ屋根の下で暮らしてるの!?」

「そこ!?いや、そういうわけじゃないというか、あー、もう!とにかく!普段はかしゅみくんだけど、本当の姿はあの大きいお兄さんで……今はわけあってたまにしかあの姿に戻れないんだって!」

「もちろん人間じゃないよね、それ」

「うん。なんかよくわかんないけど……人間じゃなくて……今は弱体化してて、私のお願い事を一つ叶えると元気になれるんだって」


 分かったような分かっていないような返事をして、それから夏音は首を傾げた。


「何か叶えてもらったの?」

「それが……願い事が決まらなくて、まだ叶えてもらってないの」

「もったいない!まぁ、晴奈らしいといえばらしいけど。自分のために誰かに何かしてもらうとか苦手だもんね」


 やっぱり夏音に全て話してしまおうか――そんな迷いが、晴奈の中で芽生えた。そうだ、自分は誰かに何かしてもらうのが居心地が悪いのだ。だからカスミにお願い事をするのを渋っている。なかなか決まらない。


「そう、そうなんだよね。だから、決められなくて、それが原因でここのところかしゅみ君元気無くて……さっき来たのだって、どういう原理か分からないけど多分助けに来てくれたの。でもすごく顔色悪かったし、無理したんだと思う。なんとかしなきゃいけないのに、全然考えがまとまらなくてどうしたらいいのか――」

「ストップ、晴奈ストップ。考えすぎ。深呼吸して。……そうだなぁ。それなら、もったいない気もするけど、晴奈もかしゅみも幸せになれるようなお願い事とか考えてみたら?」

「かしゅみ君も……?」


 正直目から鱗である。亜里珠はあっさりと本当に自分のために願い事をしたのが印象的で、どうにも考えがそちらの方向に寄っていたらしい。そうだ、カスミは必ずしも晴奈自身のために願い事を言うようには求めなかった。


「あたし、絶対そんな状況になったら一生贅沢な暮らしがしたいとか言うと思う。でも晴奈はそういうお願いするのなんとなく嫌でしょ」

「うん……」


 何か理由を明確に持っているわけではない。だが――なんとなく、自分だけが幸せになってはいけないように思ってしまう。自分だけが楽をするのは何か違う気がする。その気持ちがきっと、願い事を決めあぐねる原因になっている。


「いいんじゃない?かしゅみがご飯に困りませんように、とかで」

「そっか……そうかもしれない……」


 カスミはどんな顔をするだろう。でも、自分だけのために何かを願うよりはずっと――気が楽で、きっと心からの願い事が見つかる気がしてきた。

 アナウンスが聞こえる。そろそろ花火が始まる時間なのだろう。人々は空を見上げて、晴奈も夏音も同じように夜空を見上げた。ほどなくしてそこには炎の花が次々に咲く。隣ではしゃぐ夏音の無邪気な横顔をちらりと見て――お礼はまた改めて、ともう一度空に向き直るのだった。

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自称・ようせいさんは地球侵略を目論んでいます! 村瀬ナツメ @natsume001

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