第15話 ペット同伴はダメですか?
――
「戦闘になる可能性があります。」
七人が会議用の円卓を囲んでいる。今、その内の六人の視線を集めているのが
「結構なことだね。したらいいじゃないか。不道徳の権化などさっさと消し去ってしまうに限る。あぁ……でも。僕が探してるアイツだって分かったらすぐにでも連絡してよね。」
「逃がしたという?」
「そう。あの悪逆の徒は厚顔にも僕らから逃れた。僕らの顔に泥を塗ったんだ。この汚名は直接アレを抹殺しない限り晴れないね。」
「……承知しました。」
どこか愉快そうな、それでいて忌々しげな声。しかしそれを聞いたところで千虎の表情は動かない。千虎にとって彼の事情などはどうでもいいことだ。遺恨があろうが私怨があろうが知ったことではない。とはいえ特別楯突く理由もないものだから、大人しく頷くことにしたのだ。
不遜な男とは対照的に、神妙な面持ちで上座に座る男が口を開く。
「しかし、あなたたちの追撃を退けるなど……何度聞いても信じがたい話ですね。」
「僕も想定外だったよ。ま、次は確実に仕留めるさ。」
上座の男は思案げだ。その様子を横目に、不機嫌そうに厳めしい男は不遜な男を睨めつけた。
「驕りがすぎる。お前の油断でどれだけの影響が出たと思っているんだ。」
「分かってるよ。だから言っただろう?この汚名はアレを直接抹殺して晴らすってね。」
「今更汚名返上などできるものか。俺たちはお前の不始末を片付けに招集されたんだぞ。」
「それだけが目的じゃないんだし、そう怒らないでよ。」
不遜な男は冗談っぽく肩をすくめた。厳めしい男は眉をぐっと寄せて更に厳しく睨みつける。こうして会議が紛糾することは珍しくない。主な原因はこの二人である。そして――これを収めるのもまた大抵決まった人物である。パンパン、と手を叩く音が響いた。音の主は、この中で最も年嵩であろう初老の男だ。
「起こっちゃったことはしょうがないじゃない?とはいえ不始末は不始末。ちゃんとお仕事頑張ってよね。」
「もちろん。必ず任務は遂行しますよ。」
「それで、千虎君?どんな術を使ったかは知らないけど、彼を退けるような個体が存在することも事実だ。十分注意してね。そして――必ず叛徒を仕留めなさい。君はその技術と権限を持ってるんだからね。」
「――はい。」
初老の男が口角を大きく持ち上げる。爬虫類じみた表情は最早見慣れた姿だ。
●●●
無事に夏休みに入ったと言っても、晴奈は部活動のために週の半分程度は学校に通っていた。所属しているのは弓道部だ。本来はこんなふうに休日まで登校する必要のない部活に入る予定だったはずがなぜこんなことになっているかと言えば、その理由は先輩である出雲実範にあった。晴奈の通う緒々馬南高等学校では原則、生徒は皆部活動に所属することになっている。入学当初、何の迷いもなく手芸部に入部届を提出した夏音とは対照的に、晴奈はどうにも入る部活を決めあぐねていた。そんな折り、部員数の問題で部活が存亡の危機であった弓道部部長の実範に声を掛けられたのである。選手でなくてもいい、最悪幽霊部員でもいいから――と懇願されて、根負けした形で入部したのだ。そして今に至る。幽霊部員でもいいと言われたものの、なんだかそれも居心地が悪いものだから晴奈は選手としての練習には加わらないが、マネージャーの真似事をしていた。といっても、掃除なんかを手伝う程度なのだが。
「はるちゃん、きょうもがっこういっちゃうの?」
「お昼過ぎには帰ってくるから。いい子でお留守番しててね。」
「しゅみぃ……。」
「ママもお仕事行ってくるからね。」
「ママもあそんでくれないのかぁ……。」
金平糖を抱えて口をとがらせるかしゅみを見ているとつい欠席の連絡を入れたくなるが、ぐっと我慢してかしゅみを撫でて家を出る。かしゅみは「おまもり」を渡してくるようなこともなく、毎日もちもちぷにぷにとのんびり生活している。晴奈は日々そんなかしゅみに癒やされている。今日なんて夏休みに入る前に夏音が縫ってくれたセーラー服を着ているので、一際かわいく見えて晴奈は自分の意志の弱さを感じていた。かしゅみもチョロいが自分もチョロい。結局あの侵略者がかわいいのである。帰りに何かおやつを買って帰ろう。
――などと、考えていたのだが。
「えー、七月ももう終わりってことで、おしらせ。前にも話したとおり八月は合宿やります。場所は私の家。期間は一週間。」
「先輩の家って、
「そうそう。弓道場もちゃんとあるからねぇ。みっちり練習できるよ。」
つまりはサボれると思うな覚悟しろ、と。夏にも関わらず背筋が寒くなった部員の面々を見て実範は非常に愉快そうである。それに苦笑いしつつ、晴奈もまたどうしたものかと内心考えていた。すっかりこの合宿のことを忘れていたのである。母・美晴に話してはいるが、それですっかり安心してしまった。かしゅみに話していないのである。きっとまたみーみーと泣いてしまう。夏休みに入ってもなかなか遊んでくれない、とへそを曲げていたのは記憶に新しい。不満げに頬を膨らませる姿はそれはそれで愛くるしいのだが。
ミーティングも終わり、かしゅみへの説明を考える晴奈に、実範が歩み寄る。中途半端に伸びた髪が首筋にまとわりつくのを鬱陶しそうにしていた。
「晴奈は今年も参加してくれるの?」
「はい。お手伝いできることも少ないかもしれませんけど。」
「んーん。そんなことない。助かるよ。」
去年、実範が自信なさげに、来てくれたら嬉しいけど無理強いはしない、と晴奈の元に合宿の知らせを持ってきた日のことを思い出す。晴奈は去年も不思議と素直に合宿に参加した。なんとなく、選手でもなくマネージャーと言えるほどの活動もしていないがそれでも、自分も部員の一人であると感じていたのかもしれない。今ではそう思う。
そして実範は、この一年で後輩である晴奈から見ても成長した。去年は三年生のいない状態で二年生部長であった彼女はどこか張り詰めていた。いつだって余裕綽々といった態度を崩さない彼女だが、それでも高校生。やはり今ほど余裕はなかった。それを少しでも支えたいとも思ったのも、素直に合宿に参加した理由の一つだ。
「今年はばあちゃんもあんまり顔出せないかもしれないし。」
「えっ、どこか悪いんですか?」
「まぁ、腰がちょっとねぇ。あと、普段住んでる場所が神社の中じゃなくなったの。山の裾の方に小さいけど家建ててねぇ、そこで生活してる。ってなると、そこから登ってくるのも大変でしょ?」
「そうですね……。実範先輩は合宿中神社にいるんですか?」
「うん。っていうか、部屋移動するのめんどくさくてさぁ、私は普段からほとんど神社にいるんだよね。」
ばあちゃんのこと心配だから週末は新居にいるけどね、と言う実範はなんでもないことのようにしているが、晴奈にはその生活がまるで想像がつかない。
「ま、とにかくそういう訳だから。晴奈が来てくれるのは普通にありがたいよ。」
「またお掃除とか手伝いますね。」
「ほんと助かるよぉ。あ、力仕事は男どもに任せなさいね。」
悪戯っぽく笑う実範に素直に頷いてから、晴奈は帰り支度を整え始める。――帰りにかしゅみをお留守番させるためのお菓子を買い込む算段を立てながら。
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