壱・姫君
「旅。」
「はい、何でしょうか。」
「ここに書かれている単語の意味って何かしら。」
「こちらは―――――。」
烏夜(うや)様。金烏であり、烏木家の姫君である。もうすぐに「三尺の童子」(七―八歳)を迎えようとしている。烏にとって「八」とは特別な数であり、通常、三尺の童子を迎える烏ノ民は、「黒点の儀」という儀式を受ける。しかし、金烏であるお嬢様の場合はどうなるのか…。私にもわからない。
姫様は、お生まれになってから、大きな病にも罹らず育っている。私の考えでは、これから、なのだろう。姫様は、同じ齢の烏に比べて冷静に、客観的に、御自身のことを見ておられる…恐ろしいほどに。子どもらしさを感じさせない。これが、金烏、なのだろう。
「なるほどね、では、この文章はこういう意味になるのか。」
「はい。その通りでございます。」
「感謝する。おかげで、この書物も読み終わりそうだ。」
「とんでもございません。」
「どうも同じ齢の烏達には、話があわんくてな。」
「姫様、私の前では問題ございませんが、烏の前での言葉遣いには、御気をつけて下さいませ。」
「ハァ。わかっておる。旅の前だけじゃ。童の学びは、この古い書籍と家族だけだ。遊び方や何を話せばいいのかさっぱりわからん。この話し方も古いのだろう。童は好いてるのだが…。なんだか、賢そうに聞こえぬか?」
ニヤニヤした口元でこちらを見てくる。
「すでに賢いではありませんか。まぁ、私の次に、ですけどね。」
「いつか、旅を驚かせてやるからな!!」
「楽しみにしております。」
「いつかな……。その時が来ればいいのだが…さぁ、続きでも読もうか。では。」
姫様は、聡明である。聡明すぎるのだ。御自分が置かれている立場を理解しすぎている。金烏とはいえ、子どもである。きっと、私にはわからない重荷を背負っているのでしょう。
私は、姫様のために何が…。
「旅や。」
「はい、旦那様。」
「ぼーっとしているが。」
「……空が綺麗なもので見とれておりました。」
「今日は良い天気だからな。お、そうだ。今、大丈夫か?」
「はい。」
「一つ頼みごとがあってな。時間があるときで良いから、この書物を書庫前に置いておくから、棚へ戻しといてくれるか。雑用を押しつけてしまってすまないが。」
「御意。」
「ありがとう。そういえば、そろそろ会議か?」
「はい。もうすぐ黒点の儀ですので。」
「もうすぐか…。烏夜も大きくなったな。烏夜の幼いころは短かった。今では旅と同じくらいの知識と理解力を持っている。烏ノ民のなかでもかなりのものだ。はやく大人にしすぎた…。」
「早かれ遅かれ、あのようになっていたと思います。姫様は賢いですから。では、私は会議に行って参ります。」
「あぁ、いってらっしゃい。」
温かい笑顔に見送られ、私は会議に向かった。
旦那様は本当にお優しい烏だ。いや、旦那様だけではない。烏はみな優しいのだ。烏ではない私にすら同じ温かさを頂いている。他の当主も旦那様を見習ってほしいものだ。さぁ、行こう。遅刻しては他の「人」に怒られてしまう。下っ端は遅刻厳禁ですから。
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