非力な悪役令嬢ベロニカの必勝法

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悪役令嬢ベロニカの必勝法

そう、世の中には勝者と敗者がいる。


ある時あるところある国の公爵令嬢はたいへん非力だった。




そんな彼女が王太子の婚約者の座をひたすらに守り続けて来られたのも、数々の戦いに勝ち抜いたからだ。家柄、教養、魔力。


公爵令嬢ベロニカは無敵だった。


ただある日彼女は平民の娘リリアに私闘の魔法試合で負けてしまう。




そんな彼女の王太子の婚約者の座を奪還するベロニカの話。






















「さあ、好きなだけ私を求めて戦うがいい!」




こんなことを言うのはお馬鹿な王子様。彼のこんな馬鹿な取り組みは歳を跨ぎ行われてきました。




「お初に御目文字仕ります。ベロニカ・アッシュ・マッグドラムと申しますわ。王子殿下に拝謁できる栄誉を頂き感激しています。 」




「ほう、君が僕の婚約者か。その立場にあぐらをかかずいっそう励め。結婚までにその立場を守ってみせろ。それが出来なければ、王妃など夢のまた夢だ。諦めろ。」




「素敵ですわ。王子殿下。」






恋する乙女は頬を赤らめた。








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「うぇッ!」






ベロニカだって、無敵ではありません。


ベロニカに勝利したリリアは平民でありながら貴族が通う学園に特例で入学が許されるほど魔力が強いのですから。




「あっ、あのっ、す、すみません。力加減が分からなくてっ。だ、大丈夫ですか!?」




「なっ!...そう。そうね、…。 これからは、貴女が殿下を支えなさい。」




ここで敗者であるベロニカは潔く王子の元を去らなくてはなりません。 今までベロニカが負かしてきた令嬢たちのように潔く。








だがしかし、ここで諦めるベロニカではありません。彼女はリベンジを決意しました。








⿴⿻⿸












ここで魔力で叶わないと分かったベロニカはどうやってリリアに勝ち、王太子の婚約者の座を奪還するか。














ベロニカは確かに国内の有力者です。家柄においても申し分なく、加えて強さにおいても王子の婚約者を選ぶ適齢期の令嬢の中ではトップレベル。




しかしその強さは魔力によるもの。




ベロニカは考えた。






様々な苦労を乗り越えた。


多くの人の手を借り、再び力をつけたベロニカは決戦の日を定め、リリアに果たし状をしたためた。








そして、決戦の日、ベロニカは報復に立ち上がった。




日が高い。


向かい合うはベロニカとリリア。互いに対称的な2人だ。


舞台はこの日のための用意された王立学園所有の魔法演武場だ。


小石1つ無いよう、ベロニカのために念入りに準備が行われた。










「あなたに負けた日から様々な特訓をしたわ!血のにじむような努力も全てはあなたに勝つために…。」




リリアは静かにベロニカを見つめた。




「ふふ、これで貴女も、私の前に跪くのね!」










ベロニカは拳を振り上げた!




すぐさま見定めた審判は過剰な暴力に反応した。








「やめろ!ベロニカ・アッシュ・マッグドラム!過剰な暴力は禁止されている。手を上げると失格になるぞ!」




スカッ




「「「「「え?」」」」」「えっ?」




その声はベロニカに手を挙げられたリリアだけのものではなかった。手を上げると言って当たらなかったのだから、ベロニカは本当に手を挙げただけだが。




「んなっ、ッ!!ブッフォ!」




あまりにも盛大な空振りに思わずとどこかの誰かが吹き出した。




そうなのだ。


せいぜい彼女が体を張って頑張ったとしても、平民育ちのリリアと貴族令嬢のベロニカであれば言わずともがな。




ベロニカがリリアに加えられる攻撃などせいぜい頬を引っ叩くくらい。


それもワイングラスより重いものを持ったことの無いような正真正銘箱入りの乙女であるベロニカの打撃だ。


武器になるとしてせいぜい侍女に入念に手入れされた美しく整えられた爪ぐらいだ。




下町で男の子と喧嘩までしなくとも手伝いなど、普通に生活していれば身につく筋肉すら着いていない細く頼りない手首に、令嬢の細腕に出来ることなど、ペチリと頬に手を当てるぐらいしかない。




これがベロニカが真剣に考え、導き出した答えだった。






流石にあれだけ大胆に手を振りかざしておいて、こんなことなったことが余程恥ずかしかったのか、それとも笑われたことで侮辱されたと思ったのかベロニカ顔を真っ赤にしてもう一度挑んだ、無謀にも、もう一度挑めば叶うと思い。




先程の怒りに任せた渾身の一発から、羞恥に満ちた次の一撃はあまりにも緩慢な動きに思わずリリアは自身の顔面に向かってきたそれを避けた。羞恥のためか目をつぶったまま繰り出された二撃目を避けられたベロニカはその場にペしゃりと崩れ落ちた。




その場は図らずも沈黙が落ちた。皆がプルプルと震えるベロニカに心配の眼差しを向ける。




誰しもが頑張れと思わず心の中で応援している言葉が声に出かかる程にベロニカの様は実に可哀想で思わず大丈夫か、と抱き起こしてしまいたくなる。誰しもが持っている母性や父性、刺激し情け深くなる。彼女のパンチとも言えないアタックはリリアに届くことはなかったが、見るものの庇護欲にダイレクトにぶち込まれ刺激した。その威力の程は凄まじかった。




それをものともせずベロニカはプルプルと震えながら起き上がった。




「なっ、なんで避けるのよぉぉお!うぅっ。」


「え、あ、あの、あまりにも遅かったので...。」


「はぁ!?えっ、おっ、おっ、遅かったですって!?...遅くなんてないわよ!」


「いや、でも。流石にあれはムリが...。」




「自分がどれほど優れているのかと、言いたいの!?自慢のつもり!?これでも私はあなたに負けたあの日から我が家の精鋭に三日間稽古をつけてもらったのよ!?とても辛かったけれど彼らが使っているあんなに大きな剣をしっかりと10秒持つことができるようになったのよ!姿勢を美しく保って持つのなんてとても大変なのよ!それができるようになった上に私は我が家の精鋭全員に勝ったわ!組手で時間内に枠の外に出すことが出来なかったことなんてないもの!」




観衆含め全ての人々が、公爵家がベロニカにやられるような警備であればそれこそ問題であり何を馬鹿なと思ったのも、まあ無理はない。


それほどベロニカの一撃は酷く危なげだった。


油断を誘うにしてもあんなに酷い出来だとは皆が思わなかったのだから。




だがむしろ良かったのかもしれない。ベロニカが何かに攻撃するとなるとベロニカ自身にも危害が及ぶのだから。


相手に与える力は自分にも同じく返ってくるものだ。


ベロニカの渾身のパンチでベロニカ自身の小さな拳が傷ついたら目も当てられない。




武器を使ったとしても自分で自分を傷つけてしまいかねないベロニカに思わず周りの人間の方がヒヤリとした。












公爵家の令嬢に手を出して怪我を負わせるのを恐れた公爵家の護衛が時間制限を設け時期を見て組手で押されてるように見せかけ徐々に枠外に移動する。たまに受けて痛い痛いと言って見せれば上出来だ。稽古後にとても心配して、しゅんとしながらもお見舞いまでしてくれる。




非力で努力家で素直な可愛らしい公爵家の天使に厳しく指導することが出来る者が残念ながら居らず、それでも彼女の愛らしい自尊心を満足させるために奔走するのは吝かではないという温かい人々に支えられた結果とも言えよう。
























猫パンチとさえ呼べない、暴力を知らない令嬢の怒りに任せた最後の反撃は実に可愛らしく情けない音を立てて終わった。後に、ぷるぷるネズミタッチ事件やらふにゃふにゃ子うさぎ抱っこ劇やら全く関係の無い名前をつけられた。




ベロニカはこの短時間で余程リリアに一矢報いてやろうと懸命だったのか息が上がっていた。


あまりにも当たらないベロニカは徐々に涙目になり、終いにはいまにも泣き出してしまいそうだ。




「うぅ〜」




徐々に疲れを見せ始めたベロニカの動きは最初から無い精細を失い緩慢さにさらに拍車がかかった。




観衆も最初はベロニカを止めようとしていたがベロニカがリリアに一発入れるまで気が済まないようで諦めて見守っているだけだったが、これ以上行うとベロニカが疲れて倒れてしまうのではと気が気でない。


あまりにもベロニカが可哀想になり、ベロニカが唸り始めた時から徐々にリリアに視線が行く。




“負けてやれよ”


“負けなくてもいいから、とりあえず一発ぐらい貰っとけよ”


“このままじゃベロニカ様フラフラでパタンキューよ”




生温い視線に耐えられなくなったリリアはとうとう抵抗を辞める。しかし、フラフラのベロニカの“ぱんち”はリリアが逃げずともあまり狙いが定まっておらず当たらない。皆が見守る中何度か、から振ったの後とうとうその瞬間は訪れた。


フラフラと覚束無いながらも手を握り締め拳を作ることが出来なくなるほど疲弊したベロニカに奇跡が起こる...!




ペチリ




とうとう当たった一発にベロニカは思わず満足そうな顔になった。


口角が上がり、つり目がちな勝気な瞳はキラリと嬉しげに光りへにゃりと柔らかく誰が見ても嬉しそうな顔で笑った。


なるほど彼女の家の精鋭とやらはこれが見たくて敢えて受けていたのかと観衆もペチリされたリリアも思わず納得する。






叩かれたリリアはきょとんとしてぱちくりと瞬きをした。


ムキになった不機嫌な顔から嬉しそうな顔になった。




その後直ぐに、到底勝ったとは言えない状況の中、


“どうだ!見たか!”


と、勝ち誇った顔を作った目の前のベロニカとリリアを叩いたベロニカの小さな手を見比べて、“ペチン”されたことでベロニカの温かい手のひらの温もりを感じた自分の頬に手を置いてほんの少しの間を置いてニッコリと笑った。




「ベロニカ様...、かわいい!」


「きゃん。」




ガバリとリリアに抱きつかれたベロニカは子犬のような声を上げた。そのまま押し倒されマウントを取られたベロニカは非力なりに抵抗を試みる。




「ちょ、やぁ!待ちなさっ、お離しなさい!」




だが非力なベロニカには全力で愛でてくるリリア到底叶うはずもなく、全身を愛でられた。




「きゃうん!」






その場にいた人々も皆ベロニカに歓声を上げる。




「ベニー。探したんだよ。」


「ティム!あっ、...殿下。ど、どうかしたの?ティム...殿下。」


「ベニー。君は何をしているの?僕と君の婚約破棄はないと伝えただろ?それなのに怪しい芽は摘まなくちゃなんて張り切って...。全く、悪い子のベニー?君の勘違いで迷惑をかけた人達にごめんなさいを言わなくちゃね。」




諌められたベロニカしゅんとなる。




「怒りに任せてこんなことをするべきじゃなかったわ...。」


「ベニー。ごめんなさいは?」


「...。」


「ベニー?」


「...。」


「ねぇ?」


「うっ、...。」


「ベロニカ?」


「っく、ひっ、ごめんなさぃぃ。 」




どうやら王子殿下はお腹に黒いものを飼っているようだ。


謝ることが出来たベロニカにたいそう満足そうに、子どもにするように頭を撫でたり、猫にするように顎を撫でたりその他諸々撫で回したりしている。


その様はまるでおバカな飼い犬といたずら好きの飼い主だ。客観的に見て犬扱いだが、それでも愛しい婚約者に撫でられて嬉しい気持ちが抑えきれないのか見えない尻尾がちぎれんばかりに振られ、垂れ下がった耳を殿下に撫でくり回され、大変満足ですと表すようにはにかむ、そんな妄想が形作られ目の前にあるように見える。思わず目を擦って何度も見てしまう人々もいた。妄想した動物の鳴き声が聞こえた者もいただろう。




リリアの心の中はキュンキュンと音を立てている。


ついでに観衆の方でも心の中はキュンキュンと音を立てている。




間違いを犯したことを素直に認め、己の非礼を(王太子に促されながらも)詫びることの出来るベロニカに今日も心を射止められた人々は温かい気持ちのまま、周りにも優しくしていた。




「いい子だね。ベニー。可愛い君にご褒美をあげようか?それとも、」


「ティム!ほ、ホントよね!?あのね、最近真っ白のクリームたっぷりのブルーベリーケーキが有名なね!」


「ふふ。うん本当。...と、思ってたけどベニーは人の話を聞かない悪い子だからまずは、お仕置きが先かな。」


「え?え、え、えぇ?そ、そんなことないわ!ちゃんと反省だってしたし...。」


「本当かな?」


「勿論、本当よ!だから、ね?あの、ケーキは?」


「ふふ、君があんまりにも可愛らしいからベニー?ケーキはお預け。君が今日貰えるのはケーキじゃなくてお仕置きだけ。」


「や、いやよ!いやいや!いやったらイ・ヤ!」


「はいはい、逃げないで。はーい、捕まえた。」


「やぁああああああああぁぁぁ!」


「はーい、いい子。あんまり暴れると可愛いベニーのお尻をペンペンすることになるからねぇ。」


「ふみァああああああああぁぁぁ!グ二ァ!ぷにァああああああああぁぁぁ!」


「ほら、ブサ猫みたいな声出してないで。」




お姫様抱っこで王子に連れ去られたベロニカに熱い視線を送っていたのは勿論リリアだけではなかった。




これが悪役令嬢ベロニカである。






リリアは白旗を上げた。公平な審査を買って出た者はベロニカに軍杯を上げた。




これが非力な公爵令嬢ベロニカの必勝法である。


絶対的な劣勢から見事王子の婚約者の座を自力で取り戻したベロニカの手法は後に学問として精査され、一つの戦術として高い評価を得て、この国の戦いの形を変えた。

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