第30話
突如として木々の隙間から濃霧が現れると、あっという間に周囲の視界が制限されてしまった。
「気付いたらここ最近、縦穴の周辺はずっとこんな調子なの」
耳長族の女は言う。この生理的な恐怖心を煽る霧はなんなのか。身体中の毛穴から浸透し、全身を調べ尽くされているような感覚は。
単なる霧ではない。魔力らしきものを感じるが、通常の魔力ではない。
「二〇〇年前にも、似たような霧があったわ」
「魔人か」
リールランドでは魔族、とりわけ人類に敵対的な主戦派魔人の情報は収集されていた。かつてリールランド軍の士官だった彼が知らないはずがない。
「ご覧の通り、下手に進もうものならどうなるかわからなかったから、手が出せなかったの」
「ああ。こいつは、やめた方がいいな」
赤髪も賛同し、満場一致で一時退却という運びとなった。
「鴉の息子達が魔族と手を組んだということか?」
「断言は出来ないけどね。でも、他に隠れられる場所はないわ」
耳長族の女は自分達以上にこの森を理解している。嘘がない限り、そうなのだろう。
ロディは標的の思考を考えていた。奴はどうしようもない屑だが、魔族の事を快く思わないはずだ。
では、連れ去った修道女はなにか関係があるのか。それは微妙だった。主戦派魔族の目的は
修道女と共にここへ向かったのは誤報か? いや、そう判断するのは早計だ。快く思わないが、我慢する事だってあり得る。
現場を見なければ、なんとも言えない。どうにかあの霧を突破出来ないものか。
その方法に思考を巡らせていたその時、視界の隅、木々の隙間に動きをとらえた。
自然と手が腰のホルスターに伸びる。視線を横に巡らせると、赤髪と耳長の二人と視線が合った。
どうやら、考えは一緒らしい。さて、どう出るか。
周辺に注意を払いながら馬を歩ませると、その気配は彼らの目前で倒れ伏した。
濃い緑色の軍服、ガリバルディ家の私兵だ。彼は身体中に切創を負い、地面に赤い絨毯を敷いていた。
一体なにが起きたというのか。いや、大体なんとなく想像がつく。おおかた、件の霧の中に入ったといったところだろう。
ロディは拳銃を抜くと、馬から降りて兵士のもとへ歩み寄った。
「なにが起きた?」
生憎、彼に回復魔術の才はない。周辺を警戒しつつ尋ねる。
「し、死霊術……ぼ、亡霊が……」
死霊術とは、死者に自身の魔力を流し込む事で魂なき身体を制御する術だ。それはいい、死体を辱めるのは教団がよくやる手だ。肝心なのは、亡霊だ。
人の体が死ぬと、魂は死神の世界へ送られるという。亡霊は、死神のもとへ送られ損ねた魂の残滓。とりわけ、現世への残留思念や生者への怨嗟が取り残される場合が多い。
解放戦争の折、この辺りは大規模な戦場だった。ならばあの霧によって、かつて人であったものの残滓が生者に害を及ぼす力を持ったのだろう。
よくない話だ。
それほどの力を持つ亡霊は浄化作業を経ず、亡霊にさえなれなかった、ただ眠っている他の残滓を目覚めさせる。つまり、死の吹き溜りは広がっていくのだ。
「助けて、血が……」
手の施しようがないというのがロディの見解だった。赤髪と耳長の二人にも出来ることはない。
やがて彼は息を引き取った。
「焼いてやるか?」
そうするより他ない。死後の肉体が残っているほど、亡霊は生まれやすくなる。
鞍に納めてある飲用禁止のアルコールを取り出すと、赤髪は死者にまいた。本来なら聖職者の浄化も挟んだ方がいいのだが、いないものは頼れない。ロディが魔法球で火をつけた。
「こういう時、耳長は死体を食うんだったか?」
「そんなの、私の何代も前にやめた風習よ」
自分の種族が忌み嫌われる元凶を話題に出され、彼女は唇を尖らせた。
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