第29話

 四〇口径の弾は酷く不安定な軌道を描いていた。短い銃身では弾頭の加速が十分ではなく、風や空気の壁を前にするとすぐにへこたれてしまうのだ。

 少年の脳裏にそのような思考なぞあるはずもなく、腕を前に伸ばし、それっぽい場所に銃口を向け、当たると思った瞬間に引き金を引く。

「銃身曲がっとるんと違うか?」

 あまりにも当たらないので、少年は銃口から銃身を覗こうとした。

「馬鹿野郎ッ!」

 それはあっという間の出来事だった。気付けば自身の手から拳銃がすっぽ抜け、頬に固い拳がめり込んでいた。

 突然の衝撃によろめき、尻餅をつく。

「なんだてめぇっ!」

「それはこっちの台詞だ!」

 黒い肌。かつて暗黒と呼ばれた南の大陸、ソウサレス系の男だった。

「一体なぜ銃口を覗こうとした」

「あまりにも当たれせんもんだから、様子見たんだわ!」

「馬鹿な事を……」男は薬室を開放して薬莢を抜いた。「もし、こいつに弾頭が残ってたらどうする?」

 少年にとっては単純な質問だった。

「そんなもん、引き金引かんかったら問題あれせんわ」

「引き金を引くのは指とは限らないぞ。実際、こいつに引き金を覆うものトリガーガードはない」

 デリンジャーは非常にシンプルな構造だ。薬室と弾倉を兼ねる銃身が上下に並んで二つ。安全装置を兼ねた非常に重い撃鉄。引き金はグリップの前方にピョコッと飛び出ているだけだ。

「はっ。あのクソ固い撃鉄がどうやったら勝手に起きるんだ。指引くだけだと銃は撃てせんぞ」

「起きていたら?」

 そんな時は当然、銃口を覗いたりはしない。少年の答えを読んでいた男は続けた。

「お前は思うように弾が飛ばない度に、銃と睨めっこするのか?」

 しつこい奴め。何をそんなにこだわる? 少年は苛立ち、天邪鬼を起こした。

「おうそうだ。いくらでも睨めっこしたる」

「そんな事をしても弾は当たらないぞ」

「当ててから言え」

 その通りだ。男は少年からデリンジャーを受け取ると、撃鉄を起こして発砲した。

 湿った土がわずかに飛び散る。

「ガハハ、どこを狙っとるんだヘタクソ!」

「もちろん、あそこだ」

 男が着弾地点に歩み寄り、何かを地面から拾い上げた。

 ネズミ。畑を荒らす小さな害獣の半身が、彼の手にぶら下がっていた。

「害獣駆除を手伝ってくれていたんだろう? こうやるんだ」

 そんなところにネズミがいたとは! 完全に虚をつかれた少年は目を見張った。

「いいか。こいつは小さいが、お前が思っている以上に強力だ」

 実際、この四〇口径弾はリボルバー用のものだ。つい最近拳銃の威力を間近な人間で思い知った少年は、改めて理解した。

 銃弾の威力は、拳で殴るのとは桁違いなのだ。

「ネズミが真っ二つになるんだ、お前の目ん玉や脳味噌を木っ端微塵にするのは難しくない。銃で不用意なことはするな。銃口を見るのは、分解した時だけにしておくんだな」

「ぐぎぎ……」

 一度認めてしまうと、もう返す言葉が見つからなくなってしまった。悔しさに歯噛みする。

「マリオだ」デリンジャーを返し、「あのロディという人から面倒を見るように頼まれた」

「ロディ?」

 少年にはその名前は記憶されていなかったが、状況からあの男の顔を思い浮かべた。

「あいつはロディというのか」

「少なくとも、俺にはそう名乗ったな。まあ、偽名だろうな」

 マリオの経験則、ああいった人種が容易く名乗る名前は大体が偽名だ。偽名を名乗るようになる事情は様々だが、後ろ暗いことがあるのだろうと彼は考えていた。

「頼まれはしたが、報酬が出るわけでもないから適当にやる。それは理解してくれ」

「はっ、そんなもんいらん」

 拳銃に弾を込め、少し考える。

「おい。あれどうやって当てた?」

「態度は無礼だが、特別に教えよう」マリオは人差し指を標的の瓶に向けた。「照準器サイトで狙いを合わせた」

 照準器? 少年の頭脳にはない言葉だった。

「その様子だと、銃を何も知らないようだな」

「俺様は天才だから、そのサイトウとやらは必要あれせんのだ」

 まったく、どうして付き合ってやろうという気になったのやら。マリオはため息を一つ。

「いいか。銃身の上にある出っ張った金具はわかるな?」

 確かにある。というか、普通にある。存在には気づいていたが、理由まで考えてはいなかった。

「こいつがフロントサイト照星だ。銃を真っ直ぐ構えて、標的をこいつに合わせるんだ」

 なるほど、これがあると左右にピッタリ狙いをつけられるわけだ。

「それで」

 マリオが次の説明に移ろうとしたところ、少年は発砲した。左右の狙いはバッチリだが、今度は瓶のはるか上を通過していった。

「当たれせんぞ!」

「最後まで聞け!」

 ごもっともである。不満はあったが、少年はマリオの言葉に耳を傾けた。

「後ろの方にくぼんだ金具があるだろう。こいつはリアサイト照門、こいつと照星と高さを合わせると上下に狙いが合う」

 フレームと銃身を繋ぐための金具だと思っていたが、言われてみれば意味もなくこんな形にする必要はない。なるほど、少年は素直に納得していた。

「拳銃では省略されがちなんだが、こいつはカスタムされてるな」

 照門の中心を埋めるように、照星を合わせる。この状態で瓶を狙い、引き金を引く。

 チィン! 銃弾は瓶をかすめて音を鳴らした。

「外れたぞ」

「そいつは直接殴れるぐらいの距離で撃つものだからな。何度も当てられるものじゃない」

 その何度もやれるようになるまでやれというのだから、無茶というものである。

「弾を理解するまでは、照準器から目を離すな」

 どうやってそんなものを理解しろというのだ。無茶を感じながらも、少年は狙いをつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る