第28話

 軍閥の兵士に十分な注意を払いつつ、北へ向かって数時間。そう大きくない森に到着した。

 かつてこの森には街道が設けられていたが、解放戦争中に魔界の門を巡った大きな戦闘があった。

 あまりの激戦に死者を弔う暇がなかったうえ、魔界の門が近くにあるという立地も影響したのだろう。気づけば誰も近づけないような怨霊の巣となり、街道としてはとても利用できないような状態となっていた。

 現在は自然浄化されたらしく怨霊は姿を見せなくなったが、しばらく整備されていないような街道を使う者はなく、内戦中の軍閥に整備する余裕もなく。浄化されて百年ほど経っても放置され、現在に至っている。

 森を知るという猟師は、森の外からも見える場所に居を構えていた。

 時刻は昼前。食事を作る煙が立ち昇っていてもおかしくないのだが、どこにもそれらしいものは見当たらなかった。

 嫌な予感がする。

 木陰に馬を停めると、二人は徒歩でこっそり家に接近した。井戸に、家庭菜園程度の畑。少し離れたところではなめした皮を吊り下げている。最低限の自給自足と、外部から物資を入手するための設備を持っているようだ。

「どう思う?」

「わからん」

 拳銃を抜き、周囲を警戒しながら猟師の家へ接近する。

 人の気配はなし、罠もなし。中へ踏み込んで様子を見るべきか。ドアのノブに手を掛けようとしたその時だった。

 ロディの行先を一本の矢が遮った。

 反射的に攻撃が来た方向へ銃口を向ける。その方向は真南、岩山の上。襲撃者はちょうど太陽を背にしていた。

「これは警告よ! 銃を降ろして!」

 女の声。それにしても、警告をしてくれるとは優しい事だ。今時弓矢という組み合わせも気になった。人殺しに使われる例は今や稀だが、獲物の傷を最小限にするために矢が用いられる事はままある事だ。

「こちらにも交戦の意図はない!」

 撃鉄を起こしていなくて正解だった。二人は腰のホルスターに拳銃を納めた。

「そっちは何者? あの蛮族とは違うみたいね!」

「近くに逃げ込んだ賞金首を探しに来た!」

 太陽の光が視界を遮っていたが、女の影が弓を降ろしたように見えた。

「賞金首ねぇ。念のためやっといた方がよかったかしら?」

 岩山から人が降りてきた。体型からして女、長い金色の髪を持っていた。フラネンス系か? しかし、距離が縮まるごとに最大の違いが見えた。

 長く、尖った耳。長命な絶滅危惧種、耳長族だ。レグノにも少数が住んでいたと聞くが、こんな僻地にいたとは。

「森の猟師とはあんたの事か」

「いいえ。みんなはもう、天国にいるわ」

 彼女の視線の先には、盛り上がった土があった。どうやら、こちら側の流儀に合わせて弔ったらしい。

「やったのは誰だ?」

「鴉の息子達。ここを提供しろと迫って、断られたらしいわ」

「どうやって知った?」

「そのうちの一人に聞いた。今はもう、地獄に落ちたけど」

 鴉の息子達。キル・カーチスの雇い主だが、ここでその名を聞くことになるとは。

 もしや、カーチスも始末したのではないか? ロディの脳裏に疑念がよぎった。

「仕留めた奴らの中に、この男はいたか? ハイ・ヤートゥの司祭服を着ていたかもしれない」

 耳長族は人の顔を覚えるのが苦手とされているが、もしかしたら。写真を差し出すが、彼女はすぐに否定した。

「鴉の息子達が司祭の格好を? そんな奴はいなかったし、その顔も見なかったわ」

「確かか?」

「私、顔を覚えるの得意な方なの」

 怪しいものだ。しかし、嘘を言うメリットもないだろう。今のところは信じることにした。

「なら、そっちはここで何を?」

「犯人は現場に戻ってくる、ってね。一人でも多く蛮族連中を始末しようと思ってたの」

「さすが耳長。気も長いんだな」

 赤髪の嫌味に耳長は表情を変えなかった。むしろ、笑みさえ浮かべているように見えた。

「ええ、その通り。二〇〇年と少し生きてたら、気も長くなるってものよ。五〇年そこそこの短命種ヒトと違ってね」

 初対面を相手にギスギスした会話を続けても仕方がない。ロディはここへきた理由に話を戻すことにした。

「我々が追ってるキル・カーチスは、その蛮族とつるんでいる。この森で隠れられそうな場所をご存知ないだろうか」

「ええ、知ってる。もし、あの蛮族連中鴉の息子達の掃除を手伝ってくれるのなら案内する」

「了解した。可能な限り手伝おう」

 断る理由はなかった。どうせ敵に回すのだから、大差はない。

「私が最近この森で見て回ってないのは一ヶ所だけ。魔界の門よ」

 ロディが想像していた通りの回答が、耳長の口から発せられた。

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