第27話

 酒場兼宿屋の裏手。人通りの少ないそこでは、ロディが二本の空き瓶と共に待ち受けていた。

「それで、なにをしたらいいんだ」

 少年に問い掛けられると、彼は空き瓶を朽ちた机に置いた。

「銃の腕を見せてもらう」

「は? なにを言い出すのかと思えば」

 俺は強い。少なくとも、数的な不利を覆す程度には。少年の中には、そんな確信という名の傲りと経験があった。

「一人であれほど殺したったんだ。証明なんぞもう済ませとるわ」

「どうだかな。私の知る限り、お前は一度死に掛けている。本当は、綱渡りで偶然あそこまで行けたんじゃないのか?」

 その指摘はまさに図星だった。礼拝堂で切っ先を向けられていた時、ロディと赤髪がいなければ力負けしていただろう。そこへ向かうまでの道中も、何度か銃弾がかすめている。数センチズレていれば、死んでいたに違いない。

「お前らが出てこんでも、俺一人でどうにかしとったわ」

 しかし、少年は虚勢を張った。舐められては終わりだ。口で負かしてやろうとムキになっているのだ。

「へえ。そいつは面白いな」赤髪の視線が突き刺さる。「へぇ〜。お前がねぇ」

「黙っとれ、やかましい」

 二人がやりとりをしている間に、ロディが少年に歩み寄った。そして差し出したのは、二本の銃身を持つ拳銃。デリンジャーだった。

「ここからあそこにある瓶を撃ち抜け」

 その距離、約一〇メートル。手が届く辺りへの射撃を考慮しているような銃で、当てられるはずがない。

「そんなの、無理に決まって……」

 パン! 言い終える前に、ロディは引き金を引いていた。結果は、上下に分かたれた瓶が答えである。

「お前の番だ。一発でやれ」

 驚くほど軽く、小さな銃が少年の手に置かれた。

 こんな銃で、まともに当てられるはずがない。グリップを握ると、親指を撃鉄に掛ける。

 重い。恐ろしく重い。まるで岩を親指で押しているかのような重さ。散弾銃とは大違いだった。

 ようやく最後まで撃鉄を起こすと、今度は遊びがほとんどない引き金に人差し指を掛ける。

 なんと頼りない姿か。銃身だけやたら太い、アンバランスなシルエットを背後から睨み、その先にある瓶へ向ける。

「気が済むまで狙うといい。ただし、外れればそれまでだ」

 ハンデのつもりか? 舐めやがって。苛立った少年は指に力を込めた。しかし、撃鉄のみならずこちらの重さも尋常ではなかった。

 思わず腕全体に力が入る。吐き出された弾は狙いがそれ、机の足を一部もぎ取るだけに留まった。

「当然の結果だな」

 しかし、ここからがロディの想定外だった。

 足の一部を失った机はバランスを崩し、傾いた。その衝撃で滑り落ちた瓶は足元にあった岩に激突した。

 結論を述べると、瓶は一応割れた。

「やっ、やったぞ! 割ったぞ!」

 本人も驚きの展開だったが、先んじて口を開くことが出来た。

「ははっ。こいつマジかよ」

「がはは、俺は狙ってやったったんだ」

 当然嘘である。が、少しは必然だと捉えていた。

「どうだ、俺の腕を甘く見とったんだろぉ? 残念だったなぁ?」

「偶然かどうかは別として、私は瓶を撃ち抜けと言ったはずだ」

「嘘こけ! 負け惜しみ抜かすな!」嘘ではない、これは事実である。「結果的に割れたんだからええだろ!」

「残念ながら、あたしも撃ち抜けって言ったのを聞いたぜ。ダメだろ、そりゃ」

 赤髪の援護射撃により、二対一。多数決では、少年の叩き出した結果は失敗ということになる。

 こうなれば、一人でもその北にある森へ向かって……少年の頭に独断の計画が過ぎた時、ロディは弾薬のケースと追加の空き瓶を木箱の上に置いた。

「二回連続で当てられたのなら、連れて行ってやる。出来る前にお前を見かけたら殺す。まあ、机の足を狙える名人様なら、そう時間も掛からないだろう?」

 見えすいた挑発だったが、少年はやはり単純だった。

「うるせえっ! あっという間にやれるに決まっとるわ!」

「よろしい」

 少年の決意を聞くと、ロディは踵を返した。さて、瓶を並べてやろう。少年が瓶を手に持つと、不意に赤髪がリボルバーを抜いた。

「手間省いてやるよ」

 三発。大口径のリボルバーが火を噴くと、机の残った三本の足が爆ぜた。なるほど、これで残った足を引き抜く手間が省けたというわけだ。

「おう、サンキュ」

「頑張れよ。もし出来たら、昨日より凄いことしてやる」

「凄いこと?」少年は鼻の下を伸ばした。「おうっ」

 修道女のことを忘れたわけではないが、そんな事を言われてはつい気合が入ってしまう。

 瓶を置くと、デリンジャーを構え狙いをつける。

 仲間達を奪った連中と、囚われた修道女を思い浮かべて。

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