第25話
翌朝。ベンと赤髪は日の出と同時に宿を出た。この時間は既に船員や港湾労働者が働きに出ている時間帯であり、そこそこ道は混雑していた。
「北東の村は、あたしも行ったことないな。最近出来たばっかりだろう」
「脱走した労働者があの辺りで開墾しているらしい」
「開墾ねぇ……ま、二〇〇年も経ってるから、マシになってるのかねえ」
検問所を通過し、馬屋へ。すると、そこに待ち受ける人影があった。
白銀の頭髪。孤児院の少年だ。
「どうした。ようやく涙が引っ込んだか」
「やかましい」
赤髪の挑発を受け流すと、少年は真剣な眼差しで二人を見た。
「おい。姉ちゃんを連れ去った奴を知ってるな」
「まあな」
否定するだけ無駄だろう。ベンはあっさり肯定した。
「それで、どうするんだ?」
逆に問い掛けると、少年は肯定も否定もせず、ただ控えさせていた灰色の馬にまたがった。
「なにもせん」
「そうか」
馬屋の主人がなにも言わないあたり、正式に購入した一式なのだろう。拍車で愛馬に合図すると、街道へ。
「そこの坊主! ついて来るなら、もっと近くに来たらどうだ!」
尾行にしては近く、同行にしては遠く。少年はそんな距離感を維持して追従していた。
少年はシカトした。
「面倒臭えクソガキだな」
敵でなければ、放っておこう。二人の見解は一致し、一行は北東へ。
◇ ◇ ◇
日が落ち、空が夜に染まった頃。村の灯りが見えてきた。
いまだに民家はテントが主流だが、立派な建物もちらほらと建っている。極東の一歩手前にある東シャルコにはこのような開拓地が無数に存在するというが、ここのそれはもう村と呼んで差し支えない状態にまで整っていた。
いくつか建物の中に酒場を見つけると、三人は馬留めでそれぞれの馬を休ませた。
すると、少年はずんずんと進んで中に入っていく。
嫌な予感がする。駆け足で彼の後を追うと、
「おい! ここに修道女はおらんか!」
思った通り。彼は修道女を探しに来たうえに、まだ若い。交渉の仕方もろくに知らず、頭に血も上っているだろう。それにしても、行動力が高い。
「修道女様ぁ? なら、二階の奥の部屋にいるぜぇ。へへっ」
「本当か!」
酔っ払いの言葉を真に受けた少年は階段を駆け上がり、奥らしき部屋に向かった。
ここか。扉のノブを捻ると、鍵が掛かっていた。
「おいっ、姉ちゃんここか!」
「うるさいぞ! あっち行ってろ!」
返ってきたのは男の言葉だった。本当にここにいるのか?
「ねぇっ……」
女性の声。くぐもって判別出来なかったが、なんとなく彼女の声に似ている気がした。
「姉ちゃん! ここか!」
いてもたってもいられなくなった少年は、「おい馬鹿よせ!」思わず扉を蹴破った。
「キャーッ!」
「なっ、なんなんだよっ!?」
そこにいたのは、一糸纏わぬ姿の男女で……
「あっちゃー……悪い、邪魔したな」赤髪が追いついた時には一歩遅かった。「ほら来い!」
彼は階上から聞こえる音で、トラブルの発生を確信した。銃声が響かなかっただけマシだろう。
「連れが失礼した」
「修理代を出してくれれば、それでいいさ」
来て早々、妙に目立ってしまった。少年の若さゆえの不安定を甘く見たツケだろう。修理費にしては多めの額をカウンターに叩きつけた。
「どうも」
「ただ、彼が慌てていたのにも理由がある。ここにハイ・ヤートゥ教の司祭が来なかったか?」
「司祭様が?」しばし店主は考え込んだが、「いや。まったく」
「では修道女は?」
「いや、見ないな。ここじゃ、新顔は珍しいんだ」
店主が置いた酒もどきのショットを一つ飲み干すと、階段から件の二人が降りてきた。
「へへっ。うちの聖女様はどうだった?」
「このクソジジイっ、俺を騙しやがったな!」
「少しは落ち着けクソガキがっ!」
自分を騙した酔っ払いを見ると、少年は激昂して殴り掛かろうとした。さすがに来て早々暴力沙汰は困る。慌てて赤髪が羽交い締めにした。
「ただならぬ、って感じだな。なにがあったんだ?」
果たして、話すべきだろうか。事情を話して信用してもらえるかは微妙だが、適当な嘘で誤魔化すよりはマシか。そう考えると、手短に事情を述べた。
「彼はプーアポルトにある孤児院で暮らしていたんだ。だが、そこの修道女が誘拐されてな」
「誘拐!? そいつぁ……」
店主は間近で聞き耳を立てていた常連と顔を見合わせた。
「一体、なんだって修道女様を?」
「わからん」
実際には見当がついていたが、話をややこしくする気にはなれなかった。
「ただ、この男が関わっているという話がある」
いつもの流れに持っていくと、カウンターに写真を置いた。
「おいっ、こいつ知ってるぞ。キル・カーチスって賞金首だ!」
常連の一人が叫んだ。どうやら、この辺りでは賞金首に詳しい人間がいるらしい。
「残念ながら来てないが、こいつが誘拐犯なのか?」
「恐らく」
この様子を見る限り、ここの常連達はかなり協力的に思えた。
「知ってる奴はいるか?」
「俺の職場辺りにゃいないな」
「この村はそんなに大きくねえ。俺らが知らなきゃ、いないと思うぜ」
彼らの言葉を真実と仮定すれば、この村の中を探しても見つからないだろう。もし、自分が追われていると自覚すれば、彼はどうするか。答えは至極簡単だった。
「近くで人が寄り付かない場所は? 森とか、洞窟が望ましい」
「両方ある場所が近くにあるぜ。北へ少し行ったところに、森がある。確か、昔魔界の門があった縦穴もあるはずだ」
魔界の門。これはまた懐かしい名前だ。魔界の門とは文字通り、この世ならざる者達、魔族が住む世界に繋がる門だ。レグノでは解放戦争中にほとんどの門が破壊されたと聞いていたが、近所にその跡地があるようだ。
彼の記憶が確かなら、
隠れ家としては悪くないのではないか? 長年人を追ってきた勘が、調べるべきだと囁く。
「なあ。出来ることなら、俺達も協力する。近くにそんな連中が潜んでいるのは看過できん」
ソウサレス系の常連が告げると、他の常連達もそうだそうだとうなずいた。
「感謝する。ただ、手は必要ない。情報提供だけでいい」
「それは状況次第だな。俺はマリオ。おたくは?」
マリオが差し出した手を握り返し、「ロディ・ジェニングス」と名乗った。
「おいっ、ちょっといいかい」
そう言ってロディの酒をかっ喰らったのは赤髪だった。
「クソガキをちょっと鎮めてくる。部屋借りるぞ」
「八〇レア」
「ほらよっ!」
カウンターに銭貨を叩き付けると、赤髪は少年の首根っこを掴んで部屋まで引きずり込んでしまった。
何か考えがあるのか。まあ、それで落ち着いてくれれば、それでいい。ロディはおかわりを注文すると、煙草に火をつけた。
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