第24話

 テントの陰にその背中が消えると、少年は歩き出した。

「おい坊主、どこへ行くんだ?」

「決まっとる。弔いだわ」

 少年は久々に物置の扉を開くと、掃除用具をかき分けて掘棒を引っ張り出した。

 荷車に亡骸と掘棒を乗せると、少年は教会裏に向けて歩き出した。

「手伝うぞ」

「失せろ、役立たずめ」

 自警団員の青年が申し出るも、少年は感情のない表情で一蹴した。

 あの時、指をくわえて見ていただけの人間に弔う資格などない。

「待て! 俺達だって、なんとかしようとしたんだ! ただ、連中の方が腕も銃も多かった!」

「だったらなんだ。俺は一人でやったぞ」

 食い下がる自警団員を睨みつける。

 口先だけのクズめ。良識ある大人を気取った、信用ならぬ凡人め。糞食らえ、役立たずめ。

 怒り狂う心を抑え、目的地へ向け一直線。

「もう暗くなるぞ、やっぱり一人じゃ」

「やかましい!」

 絶叫と共に、少年は腰に差した散弾銃を抜いた。それには自警団員も目を剥いた。

「このっ! ……俺はお前のためを思って!」

「知らすか、んな事! 失せろ!」

「クソガキめっ、勝手にしろ!」

 舌打ちを鳴らすと、青年は踵を返した。

 そうだ、二度と関わるな無能め。俺はお前とは違うのだ。

 砂利道を横切り、木の根で荷車を揺らし。少年は林の前で荷車から手を放した。ここは中継地点だ。ここの汚い地下には、まだ一人仲間が横たわっている。

 林に入り、下水道の蓋を外す。すると、いつものように汚臭が噴き出てきた。こんな場所では、死ぬにも死に切れない。半ば飛び降りるように、少年は地下水道に降りた。

 降りたすぐ先には大人の死体が二つ。こんな奴はジージーにでも食わせてやればいい。それよりも、もっと弔われるべき亡骸がこの先にあるのだ。わずかな明かりを頼りに、地下道を進む。

 魔法球の光が肌で反射した。既に熱が消え失せ、体は完全に硬直していた。荷車をここに持ってくるわけにもいかない。血で体が濡れるのも気にせず、亡骸を担ぐ。

 心苦しいが、我慢してもらうしかない。踵を返したその時、爪先が何かにぶつかった。視線を落とすと、肩提げ鞄があった。

 そうだ。元はと言えば、この中に入っていた銃があったから、あのクズどもを仕留められたのだ。

 重量は銃と弾の分軽くなっていたが、それでも十分過ぎるほどに鞄は重かった。中に入っている金銀貨は手付かずなのだ。

 少し悩むと、少年は反対側の肩に鞄を掛けた。



◇ ◇ ◇



 少年は時折、孤児院を就寝時間過ぎに抜け出して夜の町に出ると、建物の屋上で時間を過ごしていることがあった。

 もちろん窃盗目当てでもあったが、同時に何者にも縛られていない状況を楽しんでいた。

 姉ちゃんはいま、どうしてるんだ。

 そんなことを考えながら、往来の人々を観察していた。すると、

「ようやく見つけたぞ」

 見覚えのある背格好を見つけると、屋根伝いにその背を追う。

 目的の人物は道を南下していた。その先にあるのは港、それも船着場だ。こんな時間に出港することはない。怪訝に思いながらも、ベランダ伝いに地面に降り立つ。

 町の喧騒から離れた海岸。そこに、青髪の男がいた。

「おい」

 少年が呼び掛けると、男が振り返った。

「君は……」

 皆まで言う前に、鞄を投げつける。

「返す。もういらん」

 まさか、自分の荷物が返ってくるとは思わなかったのだろう。ましてや、奪った張本人から。

 これで用事は済んだ。少年は元来た道を戻ろうとすると、

「待ちたまえ」

 無視してもよかったが、少年は振り返った。

「衛兵に突き出すか?」

「そんな事はしない。それよりも君は……昼頃、事件のあった孤児院に関係が?」

 町の方でもさすがに話題になったのだろう。彼の想像は真実を突いていた。

「だったらなんだ」

「教会が燃やされたと聞く」

「たわけ。燃やされとらせんわ」

「失礼。情報が錯綜していたみたいだな」

 この時代、噂話に尾鰭がつくのは珍しくない。男は咳払いをすると、鞄から纏められた銀貨と、使われたばかりの散弾銃を取り出した。

「これから、君には必要になるはずだ」

「は?」

 これは完全に想定外の反応だった。そのまま終わればよし、最悪衛兵に追われる覚悟はしていたが、まさか返した金の一部を差し出されるとは。

 なにか裏があるな。少年は警戒心をあらわにした。

「噂の修道女様が去ってしまったとも聞いている」

 それは、当たらずとも遠からず。しかし、少年にとっては大嘘である。

「たわけが。ちょっと離れとるだけだわ」

「とにかく、君達には備えと守りが必要だろう」

 そう言って三歩ほど進むと、地面に差し出したそれらを置き、また下がった。

「持っていきなさい」

 目の前で起きている事態が信じられなかった。この世に、こんなお人好しが存在するのか? まだ生きているのか?

 この国の外は、相当平和で馬鹿の集まりに違いない。少年は驚愕しつつも、一歩前に踏み出した。

「私のことは心配しなくていい。資金は余裕を持たせていたし、身を守る武器だってある。最新さ」

 そういうと、腰に差した拳銃を指した。改めて見ると、それは見た事のない形状をした銃だった。

「世界初の自動拳銃だ。私が発明した。いつか君が大物になったら、買いに来るといい。高いが、その分高性能だぞ」

 流石に抜きはしなかったが、その誇らしげな様子は詐欺師には見えなかった。

 ……自動拳銃って、なんだ。勝手に撃ってくれるのか。危険物だろうが。

 少年には言葉の意味を理解出来ていなかったが。

 恐る恐る贈り物を受け取ると、すっと下がる。周囲を警戒、人の気配はなし。

「さあ、持っていけ」

 ここまで来てなにもないのだから、罠ではないのだろう。ますます理解に苦しんだ。

「おい」ならば聞かずにはいられない。「なんでだ」

 混乱した頭が吐き出した言葉は手短だったが、男は意味を正確に理解していた。

「娘が君ほどの年でね。君ほど元気ではないが、好奇心旺盛なじゃじゃ馬だ」

「それとなんの関係があるんだ」

「理屈ではないな、これは。ただ、娘をひどい目に合わせたくないなと思っていたら、自然とこうしていたよ」

 全く理解できない。しかし、ありがたい限りだった。

「長生きはできせんぞ」

「まあ、仕方のない事だ。そういう性分でね」

 精一杯の感謝を告げると、少年は夜の町に消えた。

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